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引き取った女の子は邪神の転生体でした  作者: 遠野空
第五章 ハンターどもが動く!
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レージのナニ入り

 

 一目散に逃げた俺は、しかし途中で人混みに出くわしていた。


 周囲では工場のバイトやら社員やらが大騒ぎしていて、「誰か女を見たか、おいっ」とか「凄い美人が剣を振り回してるらしい!」とか、今更のようにひそひそやっている。


 ただ、今のところは工場の責任者達がガードマンを連れて急行しているらしく、正面ホールにたまってるこの連中は、全然詳しい状況を知らないらしかった。

 そして俺は、あと数歩で外に出られるというところまで来ていながら、結局また回れ右していた。


 なぜなら泡を食って逃げる途中、ふと思ったからだ。


 もしかして俺は、ユメの腹心かもしれない男を、見殺しにしようとしてんじゃないのか、と。

 いや、そもそもあの若造がユメと似た髪の色だからといって、本当に仲間とか配下だと決まったもんでもない。


 だいたい俺は、あいつの顔も初めて見たくらいだしな。

 しかし、万一最初の想像通り、ばっちりユメの関係者だとしたら……あの子の味方を見捨てて逃げるのもまずいんじゃないか?




 俺は、人の群れとは違う方、つまり配膳室(社員食堂の隣にある調理場兼用の部屋)を目指して走りつつ、一人で悪態をついていた。


「なんで俺が、自分を殺そうとした奴を助けねばならんのだ、くそうっ」


 それと……俺が思いついたアイデア程度で、あいつの目を一瞬でも逸らすことができるだろうか。







 俺が、クソ重たい金属製の容器を下げてえっちらおっちら駆け、元のエレベーター前に戻った時、なんとまだあの二人はやり合っている最中だった。


 と言っても、あのボブカットの金髪女は床に倒れた銀髪の若造を足で踏み、剣を喉元に突きつけて一方的に脅していただけだが。




「強情な方ですね……邪悪な主人の居場所を吐けば、貴方の命だけは助けて上げましょうと言ってますのに」


 女――ええと、確かアデリーヌか? とにかくそいつが薄い唇を歪めると、足下で踏まれた小僧が息も絶え絶えに言い返した。


「だ、ダークピラーを甘く見るな、クソ女。僕は……何もしゃべらない。とっとと殺せば――ぐああああっ」


 ああっ、おまえそういう状況で生意気な挑発したら、ドS女に傷口をぐりぐり踏まれて当然だろうに。

 どうしてこう、自分に自信ありげなイケメンってのは、こういう状況で無駄な余裕見せるかね?


 他人事ながらドキドキしつつ、俺は人垣をかき分けて、前へ前へと進む。




「はいはい、ちょっと道を空けて~」


「なんだよう、押すなよっ」

「つか、何を臭いモン運んでんだ、おまえ」

「馬鹿じゃないのぉー!?」


 この緊迫した状況で集まった野次馬が、口々に無理に割り込む俺を罵倒する。

 どうでもいいけど、やっぱり若い女(の社員?)が一番傷つく侮蔑を吐くよなっ。ホント、きょうびの女はろくでもない! 

 一人で憤慨しつつ、それでも前進をやめずにいると、人垣の最前線――つまり、そこで野次馬を押さえていたガードマン達のうち、一番ガタイのよさげな男が、一歩前へ進んだ。


「おいっ、そこの女! 武器を捨てろっ。言っておくが、もう警察も呼んで」


 あいにくだが、腹を揺すって偉そうに講釈垂れてる間に、ぴっちぴちスーツ女が、興味なさそうにそいつを見た。


「このわたくしに、ダミ声でがなり立てないでくださいまし!」


 醒めた声で言うなり、ぱっと空いた左手をガードマンに向ける。

 途端に、周囲の空間が明らかに歪んだように見えた。

「ぐあっ」

 次の瞬間、人垣が綺麗に崩れた。

 偉そうな巨体ガードマンを含め、固まってたガードマン達と野次馬連中が、十数名くらいまとめてぶわっと吹っ飛んだのだ。


 すげー、カメハメ波を浴びたみたいだっ。





 お陰で、完全に人垣が崩れてしまい、俺はその隙に前へ出ることができた。

「……貴方は、さっきの?」

 俺に気付いたアデリーヌが、いぶかしそうに眉をひそめる。


「はいはい、さっきの俺ですよ、ええ」


 俺は「必殺お愛想笑い」を大盤振る舞いし、腰を屈めて女の脇を通り過ぎた。

 少なくともこの女は、まだ俺がユメの関係者だと知らないと見ての行動だが……ここまでは上手くいった。

 俺の魅力的な笑顔のお陰か、とにかく邪魔されずに死にかけの若造のそばまで戻って来られた。


 よぉし、第一段階終了!

 あとは、このアデリーヌとかいう色っぽい女が、俺の想像通りの潔癖症であってくれたらっ。 


 内心でせっせと祈りながら、俺は横目でエレベーターがまだ一階、つまりここで止まったままなのを確認する。


 そして、「なにしに戻ったんですの、こいつ?」と言わんばかりに俺を眺めているアデリーヌに向かい、俺は笑顔のままで持っていた巨大な金属容器――


 つまり、配膳室にあった残飯入れを振り回した。


 たちまち、朝食に出されたであろうゲロまずの味噌汁と、それと完全に同化した残飯やら、鮭の切り身やら崩れた豆腐やらがアデリーヌにばらまかれた。




「――! きゃあっ」


 おお、思ったより色っぽい悲鳴がっ。

 狙い通り、呑気に首を傾げていたアデリーヌは、踏んづけられた猫みたいに跳ねて、大きく後ろへ飛んだね!

 まあ、それでもちょっと魚の骨みたいなのが胸にかかったけどな。


「な、なにをっ」

「やかましいっ。下手に動くと、残りを全部ぶっかけるぞ!」


 俺は震えながら配膳室から拝借した残飯入れを構え、堂々たる脅しをかけた。


「いっとくけどなぁ、これはこの会社の社員が残した、朝飯の残飯だっ。まだたっぷり残ってるし、あんたが何かやらかすより、俺がこれをまき散らす方が早いっ」


 わざと狂気の声音で申し渡す。

 必死に戦闘スーツをハンカチで擦っていた女は、本物の阿呆を見るような目つきで、俺を見やがった。


「貴方……おかしいのではなくてっ!」

「はっ。これを聞いてもまだ強がりが言えるかな? これはただの残飯じゃないんだぜえっ」

 内心でびびりまくっている俺は、声だけは重々しく宣言してやった。


「さっきトイレで、俺のションベンも混ぜてやったぜ!」


 途端に、女の顔が嘘みたいな速さで蒼白になった。


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