三人目がドS
工場勤務は辛い、苦しい、面白くない!
目の前のラインに流れてくる品をせっせと検品の機械にかけながら、俺は脳裏で呻いた。
こういう作業は慣れても全然、弛緩できないな。
絶えず部品が流れてくるコンベアの上を見ている必要があるし、手を動かさないといけないわけで。
ユメになにか綺麗な服でも買ってやりたいとか、ゆくゆくは何とかして学校にも通わせてやりたいとかいう野望がなければ、俺は絶対、初日で逃げてたね。
それはもう、絶大な自信がある!
しかし、今や扶養家族ができた俺は、以前のように「まあ、そのうち何とかなって、いつの間にか正社員になってる――てな道もあるさ!?」などと脳天気には構えていられなくなった。
まだ金に余裕はあるが、んなもんユメが本格的に大きくなったら、屁の突っ張りにもならんからな。
しかもあの子、下手すると一夜で大きくなるし……いろんな場所が。
……しかしだ。
実はこの時俺は、ユメの将来なんぞを心配してる場合じゃなかったらしい。自分の五分後をこそ、大いに心配するべきだったのだ。
もちろん、例によって後から思ったことだが。
よし、昼休みまでもう少しがんばるぞっ――と決意を新たにしたその時、いきなり工場の隅っこで派手な破壊音がした。
このラインは地下三階にあるのに、随分とまたでかい音だった。
例えていえば、誰かが壁をぶち破って侵入したような音に聞こえる。
……そのまんまだが。
ともあれ、俺と同じパートや監督の社員などが「きゃああっ」とか「わああっ」とか叫んだその瞬間、俺は何も考えずにラインを放り出して逃げた。
まだ悲鳴の大合唱が起こりかけの、その真っ最中にだ。
そこらのノータリンのクソガキだって、親父に何度も殴られるうちに「そうか、学校サボったら怒られるんだなっ」と嫌でも学習する。
当然、ここ一ヶ月で何度も死線をくぐった俺は、そんなレベルのガキを遥かに超越している。もうほんのちょっといつもと違うことがあっただけで、「あ、この展開は、恐怖の戦闘ターンへ入った予兆だぞっ」と身体が自然に反応するのだ。
当然、どっかーんと景気のいい音がした時点で、とっとと最寄りのドアから遁走したさ。
その間、二秒もかかってなかったねっ。
相手が誰かは後から考えりゃいい。とにかく逃げる、逃げるのが先っ。
地下三階の非常口から出て階段を駆け上がり、一つ上のフロアを覗く。
上手い具合に、三つあるうちのエレベーターのうち、一つがこの階で停まっていた。無論、俺はダッシュして呼び出しボタンを押し、開いたケージに飛び込む。
「逃げられる、まだ逃げられる、逃げられる、大丈夫だ! シンジ君だって、毎回あんなに死にかけで、いつも最後は助かってるし!」
最近、また繰り返し見た某アニメを思い出し、わけのわからないセリフを口走る。
無事にケージが動き出した途端、心底ほっとした――けれども。
なぜかケージの上で、金属を削るような音がして、ケージの上部にある点検口が吹っ飛んだ。
「逃げっぷりの速さだけは大したもんだったよ。こっちがあっけにとらえた」
随分と醒めた顔の若造が、上から俺を覗き込んでやがる。
この長髪も白銀の髪なんで、ユメの関係者か?
「あんただろ、パパのレージって? 確か前にマンションで見たし、勤め先も間違いないはずだし」
「え、俺はバイトのシンジ君ですけど、あんた誰?」
バリバリの震え声で答えてしまい、大嘘もイマイチ効果が薄い。そもそも向こうは俺の顔を知ってるみたいだった。
こっちはこんなイケメン、知らんのにっ。
人生の無情さに泣きそうになっている間に、そいつはひらりと上から飛び降り、俺の横に立った。
「別に恨みはないけど、こういうことがなくても、あんたは恨み積もる人間だしね……じゃあ、そういうことで」
あっさり言うと、なにやら光った腕を振り上げる。
ちょうどそこで、チーンと縁起でもない音が鳴って、一階にケージが止まったのがわかった。
ま、待たんかい! そんな意味不明なセリフで人の生死を――
そいつの手が俺の首に振り下ろされるのと、ケージのドアが開くのが、全く同時だった。
途端に、そいつの身体がどんっといきなりケージの奥に突き飛ばされる。
いや……突き飛ばされたんじゃない!
こいつ、脇腹を馬鹿みたいにでっかい剣で貫かれてる。しかも、剣の先っちょが反対側の脇腹から飛び出し、ケージの壁に刺さってるのだ。
俺がぎぎぃっと首を巡らせて見れば、ぴっちぴちの白い全身タイツみたいなのを着込んだ少女が、その剣の柄を握っていた。
す、すっげぇ……どう見ても、自分の身長よりでっかい剣なのに。
「間抜けな、ダークピラーですこと」
金髪の少女が、ピンで留めた蝶みたいにクソガキを串刺しにしたまま、碧眼で若造を睨んだ。
「力を使って空なんか飛んだら、わたくしたちに見つかるに決まってるでしょうに。観光旅行にでも来てるつもりなんですか、貴方は?」
「ぐ……くそっ」
驚いたことに、この若造、まだ動いてるっ。
もしかして、見た目より大物なのか。普通、脇腹からあんなでっかい剣で貫かれたら、呻く余裕もないぞ。
「き、貴様……アデリーヌ――があっ」
グリッと手で剣を動かし、タイツ女が若造に悲鳴を上げさせた。
この金髪女は上品そうに見えて、実はドSらしかった。
フランバール世界の人間サイドって、ろくなのがいないな、しかし! どこが正義の側なんだよ。
「そう、ブレイブハートのアデリーヌが参上です。逃げ延びた闇の一族は、全てわたくしが狩って差し上げましょう」
と、取り込み中に悪いが、俺はふと思った――。
ケージの床が血でえらいことになってる上に、緊迫した会話が続いているが、ひょ、ひょっとして今は俺にとってチャンスじゃないのか?
「や、ヤバい!」
俺はいきなり叫んで、わざとらしく腕時計を見た。
二人がさっと俺を見たが、当然無視である。
「参ったなぁ。そろそろ送迎バスが出る時間だよ」
我ながら棒読み口調で叫ぶと、俺は速攻でケージを飛び出して逃げた。
……この時はね。




