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引き取った女の子は邪神の転生体でした  作者: 遠野空
第四章 レージ、いつの間にか大ピンチ
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(幕間2)パパを殺せ

 

 だが、泣いている場合ではない。

 まだ話は終わりではないようで、ユメ様はまたしてもマジックでホワイトボードに何かを書き殴った。


 一気に書き上げると、それをまた胸の前で立ててくださる。

 今度もまたのたくった字で、こうあった。





『清く・正しく・美しく!』


「とーとつですが、我が闇のぐんだんでは、これをスローガンにしてがんばるの。だから、今後はやたらと人を殺さないこととします。いいですね」

「そ、それはまたなぜでしょう?」

 仲間の先頭で跪く私は、やはり黙っていられなくなり、お尋ねした。


「我が闇の眷属とその軍勢は、世界をユメ様のものとすべく活動しております。殺さずに戦うのは、不可能に近いと思いまする」


「思いまするじゃないのっ」

 ぺしっとストッキングを穿かれた膝を叩き、ユメ様はキッと一同を見渡した。

「パパは言いました、人に優しくしなさいって。だから今後は、しかたない時以外はなるべく戦いをさけて、人には親切にするのっ。それだけじゃなくて美しさ、つまり身だしなみも――」

 言いかけ、ユメ様は私以下の九人を見て、ため息をついて眉を下げられた。

 物凄く情けなさそうな表情をされている。


「……レイモンとヒューネル以外は、お顔のきたない子ばかりだけど……そこは、せめて毎日お風呂に入るとか、いろいろがんばりなさい」


「あの~」

 これまであんぐりと口を開けて聞いていた我が同胞のベルガンが、控えめに手を上げた。おぉ、さすがダークピラー(暗黒の柱)の一角、ここはびしっとユメ様に意見してくれっ。

 私は喜び勇んで熱い視線を送ったが、奴がボソボソ話したのは、そもそも意見などではなかった。


「こう見えて私は、これまで人間に親切することはおろか、多少に関わらず、まるで良いことをした記憶がございません。具体的にはどのようにすればよろしいでしょうや? ぜひ、ご指導のほどを」


 あまりの不甲斐ない申し出にわなわなと震える私を置いて、ユメ様は美しいスカイブルーの瞳を見張ってベルガンを見つめた。

 少し困ったような表情だった。


「そ、それはつまり……ええと、おばーちゃんが信号まちしてたら、手を引いてあげるとか、おなかが減った女の子がいたら、カラムーチョとミルク買ってあげるとか……いろいろあるでしょっ。自分で考えるのっ」


「ははっ」

 銀髪が逆立ち、巨眼が真紅、そして表情はあくまで厳つい――フランバール大陸では、ドラゴンですら震え上がると言われるベルガンが、ユメ様に言われていそいそと巨大な手に(メモがないのであろう)、チビた鉛筆で今のお言葉を書き留めている。


 ……見ているだけで、また泣けてきた。

 もう奴は金輪際アテにせぬっと固く決意し、私は再びユメ様に進言した。




「ひ、ひとまずその件は置きましょう。それより、我らが軍勢をフランバール世界から呼び寄せる件はいかがいたしました? 確か、最初の謁見の時にお願いしたと思いますが」

「とうぶん、中止します」

 駄菓子を割り箸で摘まみながら、ユメ様はまたはっきりと言われた。

「あんなの何十万も呼んだら、せんそーになってパパが悲しむでしょ? だからだめなの」

「いや、しかし」

「だめったら、だめっ」

 ――「メッ」と最後に声に出して睨まれ、私は渋々俯いた。

 これ以上は、申し上げてもどうにもなるまい……。





 それからなおも謁見は続いたが、結局前向きな進展は何もないまま、我らはマンションを出た。

 ちなみに、我らが潜伏しているのは、あのお方がいらっしゃるマンションの、すぐ隣にある別のマンションである。

 必要あるまいが、あのお方の護衛も兼ねているつもりだ。


「しかし……これは容易ならざる事態だぞ」

 眼の上にかかった銀髪を払い、私は重いため息をつく。

 その間も現地住人がそばを通っていくが、誰もこちらに注目などしない。我ら全員が、ブラインドの魔法の術中にあり、よほど無視しかねるとんでもないことでもしない限り、誰もこちらに注目しないようになっているのだ。


「なんとかして、元のユメ様――いや、ヴァレンティーヌ様に戻って頂かないと、我々の存在意義が」


 言いかけ、私はベルガンがそっぽを向いているのを見て、顔をしかめた。

「ベルガン、私の話を聞いているのかっ」

「失礼しました」

 慌ててこちらを向き、ベルガンは低頭した。


「実は向こうに、信号待ちをしている老婆が――」

「そんなもの、放っておけ!」

 思わず全力で怒鳴ってしまい、私はいよいよ自己嫌悪に陥った。闇の眷属の上位種ダークピラーを率いるこの私が、こんな些細なことで腹を立てるなど。


「……なんでわからないかなぁ?」


 それまで一切発言しなかったフューネルが、ポケットに手を突っ込んだまま延べた。

 九名中七名までが人間が震え上がる容貌をしているのだが、こいつは男のくせに染み一つない肌をした、女性のように繊細な外見を持つ戦士なのだ。

 輝く白銀の髪も男にしては長く、片目を隠すほど前髪が長い。

 いつも鋭利な刃物のような目つきをしている奴で、私ですら一目置いている。


「おお、おまえには現状を打開する意見があるか?」

「あるとも」

 ヒューネルは、簡単に頷く。


「ユメ様に正気に戻って頂くためには、ああなった元を絶てばいい」


 きっぱり言うと、氷の貴公子というあだ名に相応しい、冷え切った微笑を浮かべた。


「君らしくないよ、レイモン。どうして思いつかない? そのパパとやらを殺せば、万事解決するじゃないか」

 


――四章が長めになって、最初に決めてた章タイトル、変更してます。

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