表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
引き取った女の子は邪神の転生体でした  作者: 遠野空
第四章 レージ、いつの間にか大ピンチ
29/140

(幕間1)越えられないエベレストの壁

 

 心配は尽きないが、こう見えて俺は、一週間ほど前から工場勤務という仕事に就いている。

 仕事内容を一切選ばず、ネットで「あそこはブラック」という噂のいつも募集してる工場に面接に行ったら、即決で決まったのだ。


 昨日はローテーションから抜けてて休みだったが、今日はばっちり出勤日だった。

 そこで、いつも通りユメに朝食を作ってやってから、「カラムーチョは俺が帰るまでに二袋まで!」と厳重に言い置き、ユメの見送りを受けて玄関に立った。




「パパ、気をつけていってきてねぇ」

 スニーカーを履いてる俺に、ユメが後ろから抱きつく。

「いや、俺よりおまえだよ」

 振り向いて、俺はユメの頭を撫でてやった。


「何かあったら、遠慮なしにすぐに工場に電話するんだぞ。そのために、わざわざ固定電話つけたんだし」


「うんうんっ」

 そう言うと、ユメは後ろ手に両手を組み、心持ち顔を上げて、何かを待つような姿勢をとった。

「……なに?」


「いってきますのキスぅ」

「ば、馬鹿っ」


 コツンとユメの頭を小さく叩き、俺は慌てて玄関から外に出た。

 エレベーターに乗る前に、一応、階段の辺りも入念にチェックしておく。……まあ、下の九階フロアを上から覗いただけだが。

 昨日は妙な奴がいたから、警戒しとかんとな……つっても、ありゃ引っ越し希望者かなんかだと思うんだけど。 


 特に問題がなかったので、俺はそのまま上がってきたエレベーターに乗り、今度こそ仕事に出かけた。




               






 問題の男が十階の階段を少し降りて九階を覗き込んだので、私は慌てて仲間を促し、さらに下の八階まで急いで階段を下りた。

 幸い、ひょろっとしたあいつは、それ以上のことはせず、自分が呼んだエレベーターに乗って一階へと去った。


 それでも私は用心深く、エレベーターが一階に留まったままなのを確認する。なにしろ、昨日の朝、早速あいつと出くわすミスを犯したばかりだ。

 ようやく「もう戻らないだろう」と確信したので、私の背後でぞろぞろ待機する八名を振り向き、頷いてやる。




「では、今度こそ行くぞ」

「ははっ」


 恭しく低頭した皆を引き連れ、私は再び階段を上って十階へ辿り着いた。

 最後にもう一度エレベーターに動きがないのを確かめ、ワンフロアを占有した十階のドアを拳で叩く。


 ……叩く、叩く……全く反応がないので、今度は両手の拳で連打してみた。


 するとようやく「いんたーふぉん」とやらに雑音が入り、あのお方の声がした。


「初たいめんの時、ちゃんと入り方を教えてあげたじゃない、ばかぁっ。もうカエレ!!」


 憤慨する声がして、ぶちっと回線が切れた。

「えっ」


「あの……アドマイラー様」


 背後で我が役職名を呼び、配下の一人が遠慮がちに教えてくれた。

「短く三回叩き、その後で大きく一回叩く――というか、ノックですか? とにかくそれをせよとの仰せだったのでは? 暗号だそうで」

「む……そうだったな。そう決められたか」

 私は顔をしかめ、言われた通りに三回連打してから、最後に大きく拳で叩いた。いや、ノックというのか……どうでもいいが。

 やり直すとようやくドアが開き、朝から超機嫌が悪そうな我らが支配者が顔を覗かせた。


「我らが神、我らが創造主よ……ご機嫌麗しく」


 九名全員が跪いて深々と頭を垂れる。

 しかしいつまで経ってもお声がけがなく、やむなく顔を上げると、あのお方はとうに奥へ入った後だった。


「クツはぬいで、どこか見えないとこにかくしてから、入って」


 素っ気ない声が聞こえ、我らは慌てて言われた通りに、非常階段の下を方へ靴を隠してきた。





 ようやくリビングまで上がると、あのお方――つまり我らが主人は、既にソファーに座って足をぶらぶらさせていらっしゃった。なぜかその隣には、おもちゃのホワイトボードが置いてある。


 あとは、ご自分のお膝元に駄菓子の袋を抱えていて、手で中身を摘ままれたが――

 途中「あ、やっちゃったぁ」とふいに叫び、私を呼んだ。


「レイモン、ちょっと」

「はっ」


 跪きかけていた私は、慌てて長いマントを捌き、我が王の下へ駆け付ける。しかし、あのお方は単に私のマントで手を拭いただけだった。


 わ、我がマントに油汚れがっ。


「もうもどっていいの――あ~ん、おはしっおはしっ」

 叫びながらキッチンの方へ消えたかと思うと、今度は割り箸を取ってきて戻ってきた。手で摘まむ代わりにその箸で駄菓子を摘まみ、パクパク食べ始めてしまう。


 ……要するに、手が汚れるのがお嫌らしかった。


 この分では、いつまでも話が始まりそうにない。

 やむなく、私は咳払いなどしてこちらから口火を切った。


「我らが王、我らが創造主、ヴァレンティーヌ様。この私は、貴女の右腕たるアドマイラーとして、進言したきことが」


「おまえは、アドマイラーじゃない」

 いきなり遮られてしまった……これまた、超不機嫌な口調で。

「レイモンが本名だし、他の呼び方はだめ。もちろん、ユメもユメ以外の名前で呼んじゃだめ。これはパパがつけてくれたよい名前なんだからっ」

「は……しかし、私の本名は実はレイモンブリューフィールドですし、我が王もかつては」


「なにもわかってないの、レイモンは。いいから、その呼び名は忘れて。それと、昨日みたいに工場の休日を忘れて、ユメのあいするパパをびっくりさせるのもだめっ。いい、わかった!?」


「……はっ」

 剣幕に驚き、仕方なく私が頭を下げると、ヴァレンティーヌ様――もとい、ユメ様は隣に置いてあったホワイトボードを手にして、マジックで大きく以下のように書き、ぱっと胸元で立てて見せた。




○いつもわすれずにいるべきこと、その1なの○


パパ>>ユメ>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


(越えられない、おっきなエベレストのかべ)


>>>>>>>>>>>>>>>>>レイモン>>>>>その他おまえたち


>>>>あとのザコ!


○ここまでなの○




「ユメの闇のぐんだんでは、今げんざい、ゆーせんじゅんいはこうなってます。いいですかぁ? ユメはもちろんだけど、おまえたちは、なによりユメのあいするパパを大事にしなきゃいけません。わかった!?」


 舌っ足らずの口調で捲し立てられた。

 幼女が書いたようなのたくった字はこの際置くとして、我らは言葉を失い、そっと顔を見合わせた。


 まだお会いして二度目だが……我らが王は、かなり以前とは変わられてしまったようだ。


 ……あと、不覚にも私の優先順位の低さに泣けてきた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ