ずっといっしょ
「ひぐっ」
「みぃ~つけた」
明らかにユメの声で、この子はまた、遠慮なしに後ろから抱きついていた。
きょうび、小学生高学年くらいの年頃ともなれば、もう少し女を意識すると思うんだが。まあこの子の場合、見かけはそれくらいでも、まだ生まれて一ヶ月とちょっとだけど。
「いや、これはっ」
俺は一人で慌てふためき、問題のスフィアモドキをさっとケースに戻す。
しかしユメは別にそんなのを見つけて咎めたわけではないらしく、「パパがいないとつまんない~。隣にきてぇ」と腕を引っ張っただけだった。
お、脅かすな馬鹿。
「はいはい」
俺はクローゼットを閉め、ユメを抱き上げてリビングに戻る。て、今は前の癖で思わずそうしたが、よく考えたら、この子はもう見た目はマジで十歳くらいなんだよな。いくら本人がきゃっきゃ喜んでいても、少しは控えた方がいいかもしれない。
そう思い、俺はリビングのソファーにそそくさとユメを下ろす。
ところが、今度はユメの方が手を放してくれなかった。
妙に膨れっ面で、立ち上がった俺を上目遣いに見つめる。
「パパ、なんだか態度がかわった……前はもっと抱きしめてくれたのに」
「お、おまえなに? あの状態で覚えてるのか、そんなの?」
つい先日までほんの赤ん坊だったユメを思い出し、俺は恐る恐る尋ねる。
これがまた、あっさり頷かれたなっ。
「ぜ~んぶおぼえてるー。オムツ換えてもらったのも、ちゃんとおぼえてるもん」
……顔が赤くなるからやめてくれ。
どちらかというと、俺が照れることじゃないけど。
ただ、そこまで記憶力いいなら、一つ気になることもある。
「なあユメ」
俺はカーペットの上で膝立ちになり、ソファーに座るユメと目の高さを合わせた。
「じゃあおまえ……元の両親のこともおぼえているのか」
「ううん」
意外にもあっさりと首を振られた。
「ユメがおぼえているのは、パパのことだけ……ユメのパパは一人だよ」
囁き声で俺に答えたが……もちろんこれだけ理解力ある子が、白銀の髪と透き通るような青い瞳をした自分が、俺と血が繋がってると思ってるわけがない。
だが、俺はしばらく黙り込みはしたものの、それ以上は追求しなかった。
正直、今のこの関係を崩したくなかったのかもしれない。
「……そうか」
俺があっさりそう言うと、ユメはあっという間に元の笑顔を取り戻し、無邪気に言った。
「今日からは、ユメもパパの背中を流してあげるね! 少し大きくなったし、それくらいはできるからっ」
「い、いやいやっ。それはほら、おまえも大きくなったし、頭もいいんだし、今日からは一人で」
「なんでぇー!」
全部聞かずに、ユメはいきなり膨れっ面になる。
床に届かずにぶらぶらさせてした両足を激しくバタバタさせ、思いっきり不満を表明した。
「せいご一ヶ月のユメを、一人でお風呂に放り込むの、よくないもんっ」
「で、でもほら、やっぱりこう赤ん坊の時と違い、いろいろと差し障りが」
「ひぐっ」
いきなりくしゃっと顔を歪められ、俺は絶句した。
みるみる涙が目の縁に盛り上がり、ぽろっとこぼれる。
「泣かないでくれよ……俺だって寂しいんだし」
俺は焦ってタオルを取りに走り、目元をぬぐってやがったが、ユメの方はまるで納得しなかった。赤く染まった目でしゃくり上げながら睨み、急に低い声で言った。
「いいもんいいもんっ……じゃあ、もう今からユメは、パパを一人の男として見ることにするっ。今晩から、かくごを決めてよばいかけるもん、よばいっ」
こ、こいつはまた、時代劇かなんかでろくでもない情報をっ。
冷や汗が滲み出てきたが、ユメはどうも本気くさかった。座った目つきで俺を睨み、堂々と宣言した。
「決心したんだし、ユメはこれから、なるべく女らしい格好で家の中をうろうろするんだからっ」
言うなり、いきなりがばっとソファーの上で立ち上がり、豪快にゴシックドレスのスカートをまくった。多分、勢いよく脱ぐに辺り、まずはストッキングから脱ぎ捨てようとしたんだろう。
しかしこいつは、元々下着レスのパンストだけしか穿いてなかったのである。
つまり、ほぼ俺の鼻先といっていい距離に、エラいものが見えてしまう。よせ、俺が捕まるだろ馬鹿っ。
俺は泡を食ってユメを抱きしめ、元通りに座らせた。
「はなしてぇええー」
ち、痴漢じゃないんだから、絶叫調の声出すなぁあ。
「わかったわかった、俺が悪かった。娘なんだし意識したら駄目だよな、やっぱり」
抱きしめたまま、身体を揺すりまくってやると、ユメはようやくじたばた暴れるのをやめてくれた。
「じゃ、じゃあ、お風呂いっしょ?」
「おう、娘だし問題ないぞ。堂々たる生後一ヶ月だ。一緒だとも」
「……寝る時も?」
「う……いやそれは」
「――ぜんぶ脱ぐもんっ」
即座に喚かれた。
「待て待てっ」
また暴れだそうとしたユメを、俺はまた揺すって宥めた。ヤバい、こいつはヤバい。ためらいもなく、マジでやらかしそうだ。
こいつはまた、俺を脅すいいネタを見つけやがったな、ホント!
「わかったわかった。生後一ヶ月だし、一緒に寝て何が悪いってもんさ。当然、一緒だぞ」
「……ずっといっしょ」
ようやく大人しくなり、ユメは俺の耳元で囁く。
少し身体を離して顔を見ると、輝くような笑顔で俺を見つめ返してきた。
いや本当に、笑顔は天使そのものなんだけど。




