必殺の小麦粉ボンバー
「やってごらんなさい!」
おぉ……なんてこった、あいつも勇者の一人かっ。
俺が戦慄していたら、サクラがこっちを見もせずに叫んだ。
「なにしてるのっ。今のうちに逃げて!」
喚きつつ、サクラは既にガキと何度も刀と剣を激突させ、斬り結んでいる。や、ヤバそうだ。逃げたいのは山々だが、あのガキがサクラと同じブレイブハートなら、サクラの方が斬られる可能性だってあるだろう。
とっさにそう判断した俺は、急いで周囲を見た。
この期に及んで、まだぽけっと見物してる群衆共がたまらん。警官もぶっ飛ばされてるんだし、とっとと逃げればいいのに。
ただ、遠巻きに見るその手の野次馬の中に、買い物袋を下げたおばさんがいるのが目についた。しかも、俺が近寄って確認すると、袋の中にちょうどよさげなものがあるじゃないか!
「すいませんっ、それ買い取りますっ」
「あ、ちょっとっ」
おばさんが文句つけかけたが、千円札を代わりに袋の中に入れ、俺はその即席武器――つまり「日清の小麦粉」を手に掴み、素早く封を切る。
使える、これは使えるぞっ。
くくく……クソガキめ、散々追いかけてくれた礼をしてやるからなぁ!
復讐の笑みを洩らし、俺はタイミングを計ってから、小麦粉ボンバーを思いっきりクソガキに投げつけてやった。
「食らえっ」
「こんなのものっ」
うお、なんとしたことか!
奴は斬り合いの最中に袋に気付き、あっさり剣で両断しやがった。
一瞬、失敗したかとがっかりしかけたが、しかしちょうどそこで上手い具合に風が吹き、真っ白な小麦粉をぶわっとあいつの顔に吹き付けた。
「おのれっ」
「――ザグレム、覚悟!」
たじろいだチャンスにサクラが疾風のごとく躍り込んで斬りつけたが、あいつは見えないまでも地を蹴って大きくジャンプし、間合いを取り直す。
……つか、空中で後方回転しやがったぞ、あいつ。軽業師かよ。
呆れて口を開けたが、サクラがまだ追撃しようとしてたので、慌てて駆け出し、その手を取った。
「なにしてんだ、逃げるぞっ」
「どうしてっ! チャンスじゃない」
「馬鹿、聞こえないのかっ。パトカーが大挙して来るっ。サイレンの音がするだろっ」
新宿駅の方からどんどん接近中のパトカー群をようやく見やり、サクラは唇を噛んだ。
「やむを得ないわねっ」
「わかったらズラかるぞ!」
「ま、待てっ」
まだ顔を手で払ってるあいつが叫んだが、俺はわざとらしく叫んでやった。
「悔しかったら追ってこいやぁあああ」
逃げる時だけは威勢いいな、俺っ。
新宿御苑の方向へしばらく走った後、俺は今度こそ途中で新宿通りを外れ、細い路地を大きく回って、また元の丸井に戻ろうとした。
その途中でまだサクラの手を引いてることに気付き、慌てて離した。
「助かったよ。もういいから、おまえは逃げろっ」
「冗談言わないで!? あれからずっと奴らを見張っていて、ようやくあなたを見つけたのに。そもそもあなた、またあいつらに見つかりかけてるわよ。前の住宅地付近のそばにある駅、奴らが手分けして全部見張ってたんだから」
そ、そうか……それで俺とユメは尾行されてたわけか。
「くそっ。遠出なんかしたのが間違いだったか。というか、もっと遠くへ引っ越すべきだったな」
「じゃなくて、わたしを置いてきぼりにするから、こうなるのようっ」
サクラから見ればもっともな言い分だろうが、思いっきり怒鳴られた。
「だいたい、今はどこへ逃げてるのっ」
「逃げてんじゃない。丸井に戻るんだ。そこにユメを置いてきちまったから」
「……あいにくだけど、今すぐ戻るのは無理ね。他のハンターが追いついてきたわ」
「えっ」
今度はサクラに手を取られ、俺は否応なくそこで止まる。
彼女の見ている方に視線を向け、ぞっとした。確かに、黒髪に青い瞳の、さっきのブレイブハートと似た連中が、五人も通せんぼしている。
「ま、まさか、またブレイブハート?」
「いいえ、あれは前のレスティーと同じで、ただのハンターよ」
サクラがまた刀を抜きつつ応じる。
「ブレイブハートで無事に転生できたのは、わたしとさっきのザグレムを含めて、最後の生き残りだった四人だけなの。待ってて、あれくらいならすぐにわたしが片付けるから」
「そ、そうか……それじゃ俺は、またなんか即席の武器でも」
探すか、と言いかけた時、不意に(上空から)声がした。
「いいえ、パパ。パパにそんな面倒なことはさせないわ……ユメに任せて」
「えっ」
「うそっ!?」
俺とサクラは、馬鹿みたいに口を開けて上空を見上げた。