新たなブレイブハート
映画の撮影じゃないぞ、くそっ。
俺は血の気が引く思いで、新宿通りを外れ、路地の方へ曲がろうとした。
あいつがあまりにも無茶をするので、そのうち俺以外に怪我人が出そうだと思ったからだ。
しかし、どうやらあの野郎は最後にどっかの車の屋根から跳んだ時、人間離れしたジャンプ力を発揮していたらしい。
俺の前に赤い陰が降ってきたかと思うと、真紅のコートの裾を翻し、あいつが華麗に着地しやがった。
男二人が道を塞いでいるため、もはや道路上では次々に車がブレーキをかけ、団子状態で止まっている。
中には怒鳴りながら車を降りてくるヤバそうな人もいたりするのに、こいつはまるっっきり気にした様子がなかった。
ひたすら俺だけを睨み、剣を向ける。
「……逃げても無駄だと言ったはずだぞ」
「それはやってみなきゃわかるまいよ」
往生際悪く、俺は言い返す。
というのも、この騒ぎに気付いた警官の二人組が、こっちへ走ってくるのが見えたからだ。
「おいっ、そこで何をしているんだ! 特に武器を持ったおまえ!!」
早速、大声で怒鳴っている。たまたま巡回中だったらしく、二人とも歩道にチャリを乗り捨てて駆け付けてくるぞ。
おぉ……警察の人がこれほど有り難く見えたことがあっただろうか、いやないっ。落とし物の届け出とか、ごくたまに用事のある時に交番へ行っても、だいたい「巡回してます」の札があるだけで、留守が鉄板だったからな。
俺にとってはさっぱり役に立った試しがないが、ついに法の加護を期待できる時がっ。
「――っ! おまえ、そこを動くなっ」
間近に来てごっつい剣を見て、さすがにこれはただ事ではないと思ったらしい。一人が慌てて、無線機みたいなのにがなり立てて応援を要請し、もう一人はゆっくり近づいてくる。
だがしかし――ようやく振り向いたガキが、うるさそうに言った。
「邪魔だ、消えろっ」
言うなり、いきなり長身が翻って半回転し、ほれぼれするような回し蹴りが、警官の胸板を捉えた。
中年太りの警官は、そのまま嘘みたいな勢いで宙を滑空し、携帯片手に近づいていた野次馬にモロに激突した。
そいつを巻き添えにして、ボーリングのピンみたいに派手にすっ転んでしまう。
うわ……白目剥いてるぞ。
しかも、「な、なんっ」とか訳のわからん呟きを洩らしたもう一人が、泡を食って腰の拳銃に手を伸ばした時には、もうあのガキが躍り込み、何のためらいも見せずにぶん殴っていた。
この威力がまたとんでもなく、殴られた警官もきっちり宙を舞い、停車中だった車のボディに叩き付けられ、跳ね返って路上に落ちた。
ちなみに、途中から俺は再び猛ダッシュで逃げて、度々振り返りながら様子を見ていたんだが、あのガキはすぐに俺の逃走に気付き、今度はあっという間に追いついてしまった。
通りを走る車が、今は騒ぎに気付いてほとんど停車中だったのが敗因だっ。
「往生際の悪い奴だっ。そこまで意地汚く逃げるつもりなら、もはや説得はすまい。死体からでも情報を得る方法はあるっ」
「う、うわあっ」
警官の時と違って、剣を振り上げて襲いかかってくるクソガキに、俺は心底ブルッた。大上段に振りかぶったごつい剣が、やたとギラッと光って見えた。しかもその剣を力任せに振り下ろしやがって、微かな風切り音が頭上にした。
もはや打つ手もなく、両腕で頭をガードする格好で、俺は固まってしまっている。
思わず目も瞑ってしまったが……ギィンっとエグい金属音がして、ガキの動揺の声がした。
「――なっ!?」
「この人を殺させるわけにはいかないっ」
ガキの声と妙に聞き覚えのある声が重なり、俺はそっと目を開ける。
と、なぜか前回と違ってセーラー服姿の碧川サクラが、凜とした表情でガキと剣を合わせていた。
例の長い刀でガキのごつい剣をまともに受け、ギリギリと鍔迫り合いを演じている。
「なんの真似だ、エレオノーラ!(誰だよっ)ブレイブハートの誇りを忘れたかっ」
「そんなもの、犬にでも食わせてやりたいわねっ」
驚くべきことにサクラは、自分より遥かに体格に勝るガキを、力任せに押し返しちまった。次の瞬間、痩身が鮮やかに半回転し、閃光と化した斬撃がガキの脇腹に吸い込まれていく。
しかし敵もさるもので、その場で大きく背後に跳んでこれを避けちまった。代わりに、裾の辺りがすっぱり切れたコートを脱ぎ捨て、ガキはサクラを殺気だった目で見据えた。
「裏切り者めっ。ならば、僕もブレイブハートの一人として、おまえを倒すのみっ」




