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引き取った女の子は邪神の転生体でした  作者: 遠野空
第一章 新米パパの憂鬱
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ちょっと本気出しますよ?

 

 手触りのいい絹の布でくるまれた、微妙にこの辺では見ない赤ちゃんだ。なにせ、まだまばらにしか生えていない頭髪が、銀色である。


 眠っているから瞳の色はわからないが、肌の白さからして、もう日本人じゃない。

 それを言うなら、目の前のじーさんもそうだけど。

 ぷるぷる震える手で赤ちゃんを押しつけようとする彼に、俺は慌てて首を振った。




「いや、俺の立場で赤ちゃんなんかもらったら、ヤバイから! もらえないよ、物じゃあるまいし。せめて警察に――」


 途端に彼は激しく首を振った。

 たどたどしい言い方で、切れ切れの声を出す。


「……人目にふれる、だめ……見つかるとコロされます……どうか」

「そ、そんなこと言われましても」

 目尻に涙まで浮かべるじーさんが哀れになり、俺は思わずその子を受け取った。いや、もらうもらわないはともかく、どのみちこのじーさん、体力の限界で赤ちゃんを落っことしそうだからな。

 危なくて見ていられないってのもあった。


 ところが……それをどう勘違いしたのか、じーさんはめちゃくちゃほっとしたように大きく息を吐き、また訛りまくった言い方で「アリガトウ……ゴザイマス……」と声を絞り出し、がっくりと首を傾けた。


 ……え?

 え、え、えぇーーーーっ。


 気付くの遅すぎだけど、そういや上着の下に着てるシャツに、血の跡がっ。

「ちょっとちょっと、大丈夫ですか!?」

 片手で揺すってみたが、全然駄目だ。揺すられるまま、ガクガク動くのみ。一応、片手で脈を診たが、やっぱりぴくりとも脈打ってない。


「し、死んだ――」


 間近に人死にを見たせいで、俺は動揺して立ち上がった。

 自分が殺したわけでもないのに、焦って周囲を確認したほどだ。

「ど、どうすんだよ?」

 天使みたいな笑顔ですやすや眠る赤ちゃんを眺めつつ、俺は一人で途方に暮れていた。







 ……結論として、俺はその場から急いで立ち去り、近所の公衆電話で救急車を呼んだ。

「公園で人が倒れているのを見た」

 とそれだけを教えて。


 電話の向こうじゃ相手が「貴方の電話番号をお願いします」と慣れた声で言ったけど、答えずに電話切った。

 なんだか、自分がどんどん深みにハマっている気がしてたまらんが、俺はじーさんの最後の言葉が、すげー気になっていたのだな。

 人目に触れると殺される? 確かそう言ったはず。


 それはつまり、あのじーさんとこの子がヤバい奴に追われていて、命を狙われているってことか? と思ったのだ。

 それでも関係なく、警察に連絡する手も、もちろんあった。

 しかし、余計なことを考えてしまうタチの俺は、こうも思ってしまった。

「もしも……もしも俺がじーさんの願いを聞かずに警察に全てを託した結果、この子が死ぬ事態になったら……俺はその後、後悔せずにいられるだろうか」と。


 答えは、考えるまでもなくノーである。


 ガラスハートの俺は、そんな確率の低い危険度でさえ、見過ごせない。

 ただし、だいぶ後になってから、俺はもう一度今晩のことを思い出し、自問することになる。


『果たして、全ての事情を知ってからでも、俺はこの子を家に連れ帰っただろうか?』


 ……なんてさ。

 ともあれ、うちのアパートまではその公園から近く、俺は奇蹟的に誰にも見つからずに部屋に戻ることができた。





 最悪の夜だったが、俺にとって幸いだったことも一つだけある。

 ――このアパートに住んでいるのは、現在俺だけであり、当面は隣近所に見つかることはないってことだ。

 なぜなら、この築四十七年の老朽化オンボロアパートは、来年の今頃は取り壊しが決定していて、既に俺以外の住人は、引っ越して行った後なんである。


 俺が家賃二万ジャストに惹かれ、元の実家から越したのは伊達じゃない。

 六畳一間の部屋に戻り、俺は赤ちゃんを子細に観察してみた。

 失礼してくるまれていた布を脱がした結果、この子は女の子だと判明した。思わず一人で赤面したが――さ、さすがに赤ちゃん相手に欲情しない。

 単に余計な背徳感を覚えただけだ。


 いそいそとまた元通りに布にくるんであげたが、とりあえずこの子、まだ首も据わってないぞ!

 頭がグラグラして、「首が折れてんのかっ」とびびったくらいだ。

 そういえば、ほんの赤ちゃんの間は、ちゃんと首が据わらず、そうなると聞いたような覚えがある。


 しかし……そんな状態の子供を押しつけ、俺にどうしろと言うのだ!?

 俺は明日をもしれない、単なる中卒のフリーターだぞ。おまけに、バイトもパァになったばかりのさ。

 頭がぐるぐるするわ!

 赤ちゃんを抱きかかえ、何となく部屋の真ん中で正座して落ち込んでいると、ふいに当事者の赤ちゃんが「ふわっ」とあくびをした。


「おっ」

 ちょっと期待して待つと、やがて瞼が持ち上がり、それはもう綺麗な青い瞳をぱっちりと開いた。

 おぉ……やはり外人アイズ。しかし、赤ちゃんの目ってのは、すげーな。

 こうやって見ると、嘘みたいに澄んでるし。やはり、幼女の頃は邪気もないんだろうなぁと。


 無駄に感心して彼女と見つめ合っていると、いきなりくしゃっとこの子の顔が歪んだ。


「はい?」


 俺が間抜けな声を上げた途端、赤ちゃんは待ってましたとばかりに、爆発的な勢いで泣き出した。

 もういきなり、手加減ナシの全力勝負! みたいな壮絶な泣き方だ。


 ……勘弁してくれ。


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