全ては○の思し召し?
ためらいはあったものの、俺はケース内にあった百万円を、有り難く使わせてもらうことにした。
あの中に入ってたということはユメのために使うのはアリだろうと、自分自身に言い聞かせて。そうでもしないと、今の素寒貧に近い俺では、残念ながら逃げることもままならないからだ。
ただ、金の問題が解決しても、住むところはすぐにはどうもならず、しばらくはホテルに泊まったのだが……そのうち俺は、あのボロアパートを紹介してくれた高校時時代のクラスメートを思い出し、相談してみることにした。
そいつ、家が不動産屋なので、またどこかよい場所を探してくれるかもしれないと思ったからだ。
それにどのみち、アパートを引き払うのに連絡もいるしな。
ちなみに、ホテルでため息ばかりつく俺を、むしろユメは慰めてくれた。
「パパ、しんぱいしないでぇ。きっとうまくいくから」
頬と頬をすりすりしてそう囁いてくれて、多少は元気を取り戻したのだが――。
久しぶりにかつてのクラスメイト(横田という)に電話してみて、俺は正直、驚いた。横田のヤツ、俺と一緒でもはや身内がいなくなってて、大学も行かずに一人で不動産屋を切り盛りしてたのな。
しかも、あまり詳しい事情を説明しないで「頼む、部屋貸してくれ部屋っ」とお願いすると、「馬鹿のつくほど真面目なおまえが言うんだ……もちろん探すさ。ただし、また瑕疵物件になるかもだが、いいか?」と言ってくれた。
……瑕疵物件てのは、要するに自殺とか他殺とか何らかの忌まわしい事件とか、そういうのが起きた物件ってことだよな?
そりゃこの際は我慢するが、「また」ってなんだ「また」って。あのボロアパートもなんか事件があったのかよ。聞いてないぞっ。
思わず問い詰めようとしたが、怖い返事が返ってきそうなので、もう控えた。出て行くんだし、なんだっていいさ。
横田に相談した数日後、俺達は今度は立派なマンションに引っ越すことが出来た。しかも、十階建て最上階の2LDKだぜー。
結構、ゴージャスな白亜のマンションかつ新築なのに、誰も入居者がいない。いくら俺が世間知らずでも、これはあり得ないと思う。
そこで最初に内覧した時、ずばっと訊いてみた。「瑕疵物件ってからには、なんかあるわけだよな?」と。
「まーねー」
いわゆる太めタイプの横田は、文字通りふくよかな頬を歪め、ため息なんかつきやがった。
「オーナーもいい加減、困ってるんだけどさ。入居した途端に、ガンガン出るんだよ。だから、三日と住人が居着いた試しがない」
「おいおい……出るって、幽霊か?」
「そう」
あっさり頷いてくれたぞっ。
「元々ここって、移転した墓の上に建ってて――」
「わあ、もう聞きたくないっ」
俺は即座に耳を塞いだ。
余計な事実を知ったら、引っ越す決心が鈍る。
「と、とにかく、すぐに落ち着く場所がいるんだ……即決で決めるよ、うん」
震え声で言い切り、俺はその場で契約を決めた。
一人だけなら絶対嫌だったが、ユメもいるしな。……幼女に心の支えを求めるのが、また情けないが。
それはいいが、事務所で書類作る時、横田が雑談に紛らわせてぽつんと言ったのが印象的だった。
「しかし間宮、おまえなんだかんだで運がいいな。……瑕疵物件とはいえ、普通はそんな都合のいいトコ、なかなかサクッと見つからないもんだが」
本当に運がいいかどうかは置いて……そういや、ユメも俺に心配しなくても上手くいくとか慰めてくれたな。
……ふと今思ったが、邪神つーからには、神のごとき力があるわけだ。
もしかして、こういう展開って全てはユメの力――
そこまで考え、俺は慌てて首を振った。
いやいやいや、ないないっ。偶然さ、偶然。それにユメは、邪神なんかにはしない。俺がちゃんと面倒見て真っ当な道を歩かせるんだ。
決意を新たにして、俺は不吉な考えを追い払った。
そうでもしないと、豆腐メンタルな俺はたちまち心がくじけるからな!
そしてようやく新居に落ち着いてから一ヶ月が過ぎ、十月に入ったある日。
ユメの人外要素を、益々確信することがあった。
ユメが夜中に目を覚まして「みるくみるくぅ~」とうるさいし、まさか一人で寝かせることもできないので、当然、俺達は同じベッドで寝ている。
だがその日の朝、俺はなぜか身体が重く感じられ、目を開けるなり、顔をしかめた。風邪でも引いたのかと憂鬱になったからだ。
……そこで、なぜか胸に当たっていた柔らかいものがそっと離れ、ゆっくりと銀色の髪がせり上がってきた。
すぐに、なんだか見慣れない「誰か」と視線が合った。
ごくごく至近で、真っ青な瞳が俺をじっと見つめている。
ちょうど、恋人同士のように抱き合う姿勢で。カーテンから漏れる陽光に、銀色の髪がきらきら光っている。
顔の造作は明らかに洋風で、しかもきりりとして凜々しい。大人びた切れ長の目で俺を見つめているその子は、最低でも九~十歳くらいには見えた。
その子が少し上半身を起こしていたので、微妙な膨らみまで見えてしまい、俺は慌てて目を逸らした。
ヤバい、今ずきっと腰にきた、腰にっ。
「……パパ、おはよう」
女の子は、銅像みたいに固まっちまった俺の胸に気持ちよさそうに抱きつき、そう囁いた。
声を聞いて、やっと「あの子かっ」と確信が持てたほどで、成長具合が半端ない。
おまえ、成長する時は一気にするのな、ユメ。