テレサの布石
一応の基本方針が決まったので、軍議的なものは終了し、早速、アデリーヌが俺の案を実行すべく、東奔西走してくれることになった。
申し訳ないと思うが、王宮での政治工作はホント、彼女の独壇場だ。
事実、軍議の後たった半日で、王宮内の有力大臣や貴族は、揃って「アデリーヌ公爵様支持」を表明した。
これは別に彼女の美貌――も多少は関係あるかもしれないが、なんといっても一番大きいのは、「これまでロクストン帝国の財務を支えてきたのは、アデリーヌのリュトランド家である」というのが、最大の理由だろう。
元皇帝が湯水のように国庫の金を使いまくったせいで、今や大貴族たるリュトランド家が提供する資金がなければ、国政が立ちゆかない。
ロクストン帝国の財政がそこまで逼迫していたとは驚きだが、歴代の皇帝がそれだけ暗愚だったという証拠でもある。
ただ、ゴマすりしか考えてない皇帝側近は論外として、皇帝の放蕩ぶりをアデリーヌがこれまで一切咎めなかったのは、こういう時のためかもしれないな。
俺の元故郷でもよく言うが、「世の中、銭!」なのである。
もちろん、綺麗事も大事だし、金さえあれば全て上手くいくなんて極論を言いたいんでもない。
しかし、普通は金を持っている者が強いし、発言力だって得ることになる。まさに、あのギルド親父が言ってた通り。
それにリュトランド家は、何代にもわたり、長い時間をかけてロクストン帝室の信頼を勝ち取ってきている。
リュトランド家代々の祖先、つまり「当主兼、世襲公爵達」の遠謀が、今ようやく実を結ぶ時が来たわけだ。
一日もかからずに王室内の足場固めを終えたアデリーヌは、今度はロクストン城の警備改善に乗り出し、以前とは比較にならないほど警備態勢を厳しくした。
そもそもいかにブレイブハートとはいえ、あっさり侵入されるのは間抜け過ぎるので。
魔法防御の結界まで敷設し、今度は万全の構えである。
その報告を聞いた後、俺は俺で、ユメ達と元々の拠点であるダルムートに戻ることにした。
今後は、帝都の城とダルムートとを、交代で武装メイドさん達が警備することになるだろう。
転移のための魔法陣もこっそりアデリーヌが用意したので、いわば二つの拠点は繋がったようなものだ。
ただ、まさに俺達がダルムートの宝探しに出発しようとかと思ったその日、衝撃的な情報が入ってきた。
「皇帝の弟が、テレサ達についた!?」
城内にできたばかりの、転移のための魔法陣の上で、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
俺はもちろん、サクラや交代のメイドさん達が一斉にざわめいたほどだ。
みんな、ダルムートへ向かって転移する寸前だったからな。
「出立寸前に、申し訳ありません」
別にアデリーヌのせいでもないのに、彼女は片膝をついて低頭した。
「皇帝の弟に向けた使者が、つい先程、連絡を寄越しました。問題の貴族領には、既にテレサ達が居座り、城ごとすっかりテレサ派になっているとか」
「……それって、もしかして問題の弟君とやらは、まるっとテレサに洗脳されちまったかもしれないな」
俺が顔をしかめて言うと、皆がはっとしように注目した。
「いや、別に証拠はないけど、あいつはそのくらいの力は持っているように思う。それにテレサだって拠点は必要だろうし、今回は丁度いいチャンスだったのかも」
「……闇の軍勢を倒す大義名分を得るためと、有力貴族の支持を得るため?」
サクラがぼそっと尋ねた。
「そう、それ。とはいえ、普通ならその弟だってロクストン城に『こういうことを申し立てるブレイブハート達が訪ねてきたが、それは真実か?』くらいの問い合わせはするはずだろう? 今に至るもそんな連絡がないって言うなら、洗脳されたくらいしか説明がつかない。あるいは、強制的に傀儡にされたか」
「ご推察は正しいかと存じます」
アデリーヌが一層、頭を下げる。
「このことあるを予想できなかったことに、おわびを申し上げますわ」
「いや、そんなの俺だって今思いついたんだから、別にアデリーヌのせいじゃないって」
俺が苦笑して言うと、皆が笑顔を向けてくれて、やたらと照れてしまった。
「……時に、実は崩御した皇帝の身内って、他にもまだまだいそうな気がする」
最近、妙に勘が働くようになった俺は、自然と呟いていた。
「女遊びが盛んだってことは、それだけ隠し子がいる確率も大きいってことだろ? でも、そんなポンポン後継者を立てるわけにもいかないから、きっと表沙汰にしていないような。どうせ避妊もせずにやりまくってた気がするしなあ、あの人」
最後はさすがに小声になった。
アデリーヌはぱっと俺と視線を合わし、「ご慧眼、恐れ入ります。ただちに調査してみますわっ」と答えてくれた。
もし本当に隠し子がいれば、もちろん弟よりも継承順位は高いだろうしな。
「……最近のレージは、いつになく冴えてるわね」
サクラが感心したように言ってくれたが、全然褒め言葉になっとらん。