来たるべき大戦のために
「うわぁ」
俺は思わず呻いた。
アデリーヌの讃美者だった皇帝が退場しちまったら、いろいろまずい気がするっ。
しかし、慌ててエレインのところへ駆け寄ろうとしたものの、俺はギリギリで思いとどまった。もう亡くなっているなら、今更皇帝のところへ駆けつけたってどうもならん。
それより、今後のことだな。
「あのさ、エレイン」
「はいっ」
「手空きのみんなを、ここへ集めてくれないかな? あ、眠ってる人はそのままでいいから」
俺は気を変えて、彼女に頼んだ。
みんな眠ってるだろうし、何名集まるかなぁと思ったが。
驚いたことに、ほぼ全員が集合したんじゃないだろうか。サイボーグ戦士のアイナこそ、ユメの警護で見当たらなかったが、その他は本当に知った顔ぶれは全員いる気がする。
たちまち三桁に近いメイドさん達で娯楽室が満杯になり、やたらとよい香りが漂い始めた。思わず鼻がひくつきそうになるが、そんな場合じゃないしな。
全員に、娯楽室にある限りのテーブルに分かれて座ってもらい、俺はおもむろに、同じテーブルに着いたアデリーヌを見た。
「皇帝に身内はいるのかな?」
「弟が一人いますが、彼は今、さる貴族の家に婿入りしています。元々家系が途絶えて断絶しかかっていたので、政治的な手段で救った――という形式を取ったようですわ」
自身も大貴族のアデリーヌは、さすがにすらすらと答えてくれた。
「その人は、テレサ派とかかな?」
「今のところ、そのような情報は入ってません」
首を振るアデリーヌに、俺は素早く頼んだ。
「もしまだなら、早速使者を送って、その人をこの城へ呼んだ方がいいと思う」
「御心のままにっ」
アデリーヌはすぐに近くのメイドさん二人に何事か命じていた。
よし、とりあえずそれはそれでいいとして――。
「やっかいなのは、その暗殺を決行した護衛女以外に、テレサの息の掛かった者が紛れ込んでないかってことだけど」
「時間さえかければ、探り出すことは可能かと」
またしてもアデリーヌが発言する。
「有り難いっ。ぜひ、頼む。それと、俺には俺の意見があるが……誰か意見があるなら、先に聞くけど?」
独裁者の性格には遠い俺は、一応先にお伺いを立てたが……みんな、熱い視線で俺を見つめただけだった。
アデリーヌと同じくそばに座っていたサクラですら「いいから、レージの意見を言いなさいよっ」と人の脇腹をつつく始末だ。
丸投げかよくそっと思ったが、やむなく俺から話し始めた。
「前提条件として、俺達全員がこの城を退去するのは、あまりいい手じゃないと思う。ぜってー、あのテレサが後で押しかけてきて、城内を乗っ取りそうな気がするからな。あいつはホント、自分の思い通りにするためなら、なんでもやらかす」
断言した後、俺はぐるりと娯楽室を見渡す。
「しかし現時点で言えば、このロクストン城にいるのはブレイブハートの連中じゃなくて、俺達なんだよな」
一拍置き、気が進まないながらも続けた。
「逆に考えれば、チャンスかもしれない。話は変わるけど――アデリーヌは、どれくらい城内の偉いさん達に顔が利くかな?」
「お任せください! 主立った者とは日頃からよしみを通じております。大抵の者は説き伏せてご覧に入れましょうっ」
俺の言わんとするところを察したのか、アデリーヌは目を輝かせて言ってくれた。
「よしっ。なら、亡くなった皇帝の弟が帝都へ戻るまでは、これ以上は余計な動きが出ないように、俺達で城内を押さえちまおう。迂闊にテレサが手出しできないようにするんだ」
一気に言ってのけた途端、部屋がどっとざわめいた。
ただし、驚きよりも歓喜の声がほとんどだ……みんな、なにか勘違いしている気がするが。
「お待ちを!」
隣のテーブルに移っていた新参のレナードが、はっとした顔で俺を見た。
「つまりレージ様は、テレサのやろうとしたことを実行なさるおつもりですかっ」
「あんたの言いたいことはわかるが、俺は玉座になんか興味ない」
この際だから、俺はきっぱりと言ってやった。
どうせレナードはクーデターのことを気にしてるんだろうからな。
「亡くなった皇帝の弟とやらがよほど困った人じゃない限り、その人が玉座に座ればいいさ。ただ、現状だと無事にそういう流れになりそうもないから、これ以上は邪魔が入らないようにする――それだけのことだ。それと平行してもう一つ」
ここからがさらに難題だが、俺はまた皆を見渡した。
「おそらくテレサ達は、遅かれ早かれ、俺達が闇の軍勢の末裔だと国中にぶちまけるだろう。大義名分を得るには、それが一番早いからな。だからこの際、自分達で発表しちまおう」
息を呑む仲間達に、俺は言い聞かせた。
「そして、新たな戦力を募る方がいいと思う。来たるべき、大戦のために」
おそらく、最終的にはそうなるんだろうから。