遅れてきた死神
テレサ達が撤退してくれたので、俺達は王宮の娯楽室的なところを案内され、少し休憩することにした。
もちろん、無事に火事が消し止められたのを確認し、なおかつ、戦闘で亡くなった者達をひとまず安置した後だが。
三名とはいえ、面倒見てくれてた人が消えると辛いわな……まあ、それ以上に敵方も死んでるわけだけど。
死体になったらもはや敵も味方もないので、無論、彼らもちゃんと埋葬してやるように頼んでおいた。
ともあれ、ようやく朝が来たわけだが、一休みする前に、俺はまず娯楽室で元ブレイブハートの二人と少し話すことにした。
まだ小さいせいか、ユメはもう眠ったし、ちょうどいいタイミングだろう。
「さっきの続きだけど」
丸テーブルに着いた俺は、メイドさんが持ってきてくれた紅茶を啜りつつ、二人に尋ねる。
「肝心のカオル君はどうしたのかな? 姿が見えないんだけど」
「あのお方は、レージ様と対面するとまずいことが起きると言ってらっしゃいました。だから、途中でそっと広間を出て行かれたようですわ」
ぴっちりした純白ズボンと、ブラウスのみの少女が、柔らかく述べる。
この子もまた、ロクストン帝国人の特徴である、輝く金髪と碧眼を持っている。クラスに一人はいる優等生風の少女で、十七歳らしい。
どうでもいいが、ブラウスの生地が薄いんで、青いブラが透けて見えていたりする。
「ええと、ルナさんだっけ?」
胸を見ないようにしつつ、俺が改めて訊くと、彼女は笑みを含んで頷いた。
「ルナとお呼びください。ロベール様……いえ、カオル様から、レージ様のことをいつも伺っておりました」
「そ、そりゃどうも」
咳払いして、俺は目を逸らす。
なんかこう……美人過ぎる子ってのは、緊張するから困るよなっ。
と思ったら、頼んでないのに隣に座ったサクラが、肘鉄を食らわしやがった。
「うおっ。なんだよ!」
『デレデレしないのっ』
耳元でゴニョゴニョ囁く。
『まだこの二人が味方になったとは、限らないでしょ!』
ああ、罠というかスパイ的な疑いか。
しかし俺、意外とそれは疑ってないのだな。カオル君がそんな簡単に付けいられるとは思えん。
そこでサクラには顔をしかめて見せ、今度は純白髪のレナードに尋ねた。
「君達二人は、じゃあ俺達に協力してくれるつもりかな?」
「僕もルナも、カオル様を信じています」
レナードはにこやかに言ってのけた。
「だから、あの人が信じる貴方を、僕らも信じますよ。それに――」
そこでちょっと小首を傾げ、レナードは息を吐いた。
「今から思えばテレサ様……いえ、あのテレサの登場とその後の命令は、いちいち納得のいかないことばかりでした。最初から貴方達も皇帝も、皆殺しにすることしか考えていないのですから」
そこが一番納得がいかないのか、この少年は随分と義憤に駆られた様子で言う。
ルナも同じ気持ちなのか、口添えした。
「神の声を聞き、ブレイブハートとして覚醒した時は嬉しかったですが、結局は殺戮の道具にされているようで、疑問が湧いたのです。……それでもあえて疑問を抑えこんでやってきましたけど、カオル様と出会ってお話ししてからは、やはりテレサのやり方はおかしいと思うようになりました……」
「まあ、今はかつての時のように、邪神が暴れてるわけでもないしね」
サクラも多少は得心がいったのか、肩をすくめる。
「いきなり『奴らは敵だから全員殺せ』じゃ、納得できる方がおかしいわ」
「あのっ」
美貌ならサクラと引けを取らないルナが、随分と思い詰めた顔で訊いた。
「サクラさんは転生戦士で、かつてのブレイブハートでもあるとカオル様から伺いました。ご本人の前で失礼な質問かもしれませんが、そのサクラさんが仲間になっているということは、レージ様はやはり――大いなる君なのでしょうか」
なんだ、その質問?
俺は眉根を寄せたし、サクラはなぜか困ったような表情を見せた。
「そうねぇ、その質問はともかく、わたしがレージと行動を共にしている理由は」
それでもなにか答えようとはしたのだが――
……あいにくその瞬間、ドアを乱暴にノックする音がして、エレインが顔を見せた。
「ご歓談中、失礼しますっ」
「いいさ。なにかあったか?」
俺が思わず立ち上がると、エレインは厳しい表情で頷いた。
「たった今、皇帝が暗殺されました!」
な、なにいっ。助けたはずなのにいっ。
俺は仰け反るほど驚いたし、他の三名もさっと立ち上がった。
「犯人は誰っ」
サクラの切り裂くような声に、エレインは悔しそうに答えた。
「皇帝の取り巻きの一人で、最近採用された護衛の女です。どうやら、そいつがスパイだったらしく……他の者が目を離した一瞬の隙に、トドメを刺されたようですわ」