レージの覚醒……か?
俺は、俺は……いつしか、聖母騎士団の面々が大好きになっていたらしい。
ほとんどの子は、せいぜい一言二言ほど声をかわした程度の仲に過ぎないのに、血まみれで倒れたその子を見た途端、本気で頭に血が上った。
怒髪天を衝く、という言葉、そのまんまに。
倒れたその子は、確か屋敷にいた頃、よく部屋を掃除してくれた子だったはず。
俺が振り返って視線を合わせると、いつも恥ずかしそうに目を逸らしたよなぁと、そんなことまで一瞬で思い出してしまった。
そうだ、(ほかの皆にも言えることだが)いつ目が合っても、「貴方様をお慕いしています」という潤んだ瞳を見せていたので、そのうち「俺はそんな上等な人間じゃないよ」とちゃんと伝えるつもりだった。
なのにこのザマだ、ちくしょうっ。
「貴様、殺してやるっ」
急降下しながら、俺は全力で叫んでいた。
「ほざくなっ、邪神めっ」
テレサがすかさず叫び返す。
その頭上めがけ、俺は渾身の剣撃を放っていた。
当然のように受けられた途端、テレサの魔剣が跳ね上がって俺の刀を押し返す。
すかさず、持ち上がった魔剣が意志を持つかのように動き、とんでもない角度から俺の喉元めがけて迫ってきた。
お得意の変幻自在の剣だが、俺はその斬撃を、微かに身を捌いたのみでかわす。
まさにギリギリで、風切り音と同時に、首筋をテレサの剣撃が掠めた。
いつもなら絶対にできないことが、今は可能になっていた。
あたかも、何かが乗り移ったかのように。
なんとしたことか、今の俺にはテレサの馬鹿早い剣撃が全て見える!
避けられたと見るや、テレサがさらに踏み込んで第二撃を俺の頭上めがけて振り下ろしたが、これも易々とかわしたほどだっ。
「遅いんだよ! 次は俺だなっ」
お返しとばかりに、俺は刀を素早く持ち上げる。
「避けたですってえっ!?」
驚愕に瞳を見開き、テレサが大きく飛び退こうとした。
もちろん、次に来る俺の反撃を警戒し、一時、間合いを開けて仕切り直そうとしたのだろう。
しかし、まさにその瞬間、もはや絶命したと思われていたメイドさんが、最後の気力を振り絞り、倒れたままテレサの右足首を掴んだ!
「なにっ!?」
結果的に、テレサは後退しようとして果たせず、「食らえっ」と俺が喚いて振り下ろした斬撃を、避け損なった。
さすがに頭部は辛うじて避けたが、肩口から胸に至るまで、ざっくりと俺の刀が斬り裂いた。
「手応えありっ」
刀を振り切った瞬間、俺は会心の叫びを洩らす。
「おのれっ」
今度こそむこうは飛び退いたが、俺はすぐに間合いを詰めず、あえてその場にしゃがみ込んだ。
今にも死にかけているその子の手を握り、「死ぬなっ。いいか、死ぬんじゃないぞ! こんな傷、後ですぐに治してもらえるからなっ」と元気づけてやる。
「お……大いなる……君」
掠れた声を上げるその子の手をもう一度ぎゅっと握り、俺は今度こそ猛然とダッシュする。
どうやらさっきの一撃はかなり深かったらしく、さりげなく味方の中に紛れ込もうとするテレサの元まで、瞬く間に追いついていた。
そういえば、このスピードもいつもの俺じゃない。
だが、今の俺はそんなことは一切気にしていなかった。仲間を傷つけやがったテレサを是が非でも倒すつもりで、一気に間合いに躍り込む。
「おいっ。今更、逃げてんじゃないぞぉおおっ」
喚いて、むかつくテレサめがけ、横殴りの一撃を叩きつける。
タイミングもスピードも完璧だった。間抜けなテレサは、ちょうど振り向いたところであり、思わぬスピードで迫っていた俺を見て、明らかに驚愕していた。
「くっ」
「テレサ様っ」
「あ、くそっ!」
寸前でテレサを庇い、横から飛び込んで来た野郎を代わりに斬ってしまい、俺は臍を噛む。
「おまえじゃないっ。待て、テレサっ――邪魔だ、どけえっ」
さらに別の女が俺の行く手を遮ろうとしたが、そいつの横腹を思い切り蹴飛ばし、とっとと道を空けるほどの余裕が、今の俺にはあった。
「テレサっ、逃げるな!」
「全員、退きなさいっ」
俺を無視してテレサが叫ぶ。
「目的は達した! もはや長居は無用よっ」
「な、なにっ」
目的を達しただと!?
ま、まさかっ、ユメがっ。
たちまち俺の激情はどこぞにすっ飛び、大慌てでユメを探し求めた。