総力戦
「なんとっ!?」
飛び出しそうな目で、皇帝が俺を見た。
「ま、まことなのか、それは」
おお、なんと流されやすい人か。たった一言で、もうグラグラだぜ。
俺はがっかりしたが、それでも説得の真似事くらいはするかと思ったものの――ふいに聞き慣れた声が響いた。
「わたくしからご説明致しましょう、陛下」
「わっ」
「おお、アデリーヌっ」
俺と皇帝がぱっと窓の方を見ると、武装メイドさん――つまり聖母騎士団の面々を率いたアデリーヌが、外に浮かんでいた。
そのまま、全員が悠然と中へ入ってくる。
「レージ、まだ生きてる!?」
まあ、忙しく飛び込んで来た、サクラみたいな例外もいるが。
いちいちご挨拶だしなっ。
「生きてるわいっ。おまえこそ、遅いぞ!」
「どうやら、ちょうどいい時に来たようね。くくくっ」
人の返事を無視し、ぎらぎら輝く瞳でサクラが言った。
もはや頭の中は、宿敵と化したブレイブハート達へ斬り込むことで、一杯だろう。まあ、こういう時には実に頼もしい中坊である。
「陛下、よくお考えあれ」
俺達の会話をよそに、アデリーヌが皇帝に向かって宣言する。
「今、陛下の目の前にある事実が全てでございます!」
ぱっとテレサ達を指差す。
「ご覧下さいっ。ブレイブハートどもは、今や陛下を暗殺しようと集団で身構えております。対して、我々はどうでしょう? こうして陛下の危機をお救いすべく、駆けつけて来たのです。どちらが味方なのか、もちろん聡明な陛下ならおわかりのことでしょう?」
最後に、色っぽい流し目きたー。
しかも……ものの見事に、闇の軍勢の話は棚上げしたぞっ。論点のすり替えってヤツだな。
だが、皇帝には実に効果のある説得だったらしい。アデリーヌの魅力に参っている彼は、「うむ、うむっ」と何度も頷き、ぐらぐらしてた心が定まっちまったようだ。
「そなたの申す通りだっ。危うく殺されそうになったばかりか、そやつらは王宮に火まで放ちおった! あの者達が味方のはずはないなっ」
憤然と言い切り、さっきから他人事全開のカオル君の方を見る。
「あのロベールが駆け込んで助力してくれなんだら、危なかった! もちろん、彼もそなた達の味方だったのだな?」
「その通りですっ」
俺は誰よりも先に答えてやった。
つか、カオル君ってロベールだったのか! 俺は以前、アデリーヌに聞いた情報を思い出した。光の聖戦士と呼ばれる凄腕のブレイブハートがいて、名前をロベール・サンピエールというそうな。
それがカオル君だったとは。
幸い、俺の返事に対し、カオル君は皇帝に対して軽く会釈してみせた。否定しない限りは、もう味方確定である。
まあ、俺の贔屓目もあるけどな。
「心強いことだっ」
すっかり意を強くした皇帝は、もうだいぶ機嫌がよくなっていた。
まだ勝ったわけでもないのに。
「愚か者どもめっ」
テレサがすらりと魔剣を抜き放ち、皇帝に向かってびしっと剣先を突きつける。そのまま、ゆっくりと剣先を動かし、俺やアデリーヌへと向けていく。
「正義に背を向けるというのなら、皇帝もろとも全員を倒すまでのことっ」
「馬鹿野郎っ、正義の味方が暗殺のために王宮に押しかけた挙げ句、放火までするかよっ。寝言いってんじゃないぞおっ」
俺はすかさず怒鳴り返してやった。
俺だって、味方が大勢いる時は強いぜっ。
「さすがでございますっ」
「その通りですね!」
「光の軍勢はみんな敵なのよっ」
しかし、俺の言い分に対し、少なくとも味方は思い思いの声を上げ、賛意を示してくれた。いや、こういうのっていい気分だなっ。
しかし、テレサは舌戦なんぞ最初からする気がないらしい。
「問答無用ですっ」
「ならばこちらもっ」
テレサに応じるがごとく、アデリーヌがメイドさん達に合図を出す。
「全員、戦闘準備っ」
『はいっ』
「うおっ」
いや、思わず声が出た!
だって、武装メイドさん達が一人残らず、自らメイド服を豪快に破いて脱ぎ捨ててしまったからな。そして……服の下に着ていたのは、なんと競泳水着みたいなバトルスーツだった。防御効果あるのか、あれ?
胸が目立つところは個人的に嬉しいが。
あと、当然ながら、もはや全員が抜剣した魔剣を手にしている。
……あ、なんかみんなが脱いだせいか、甘い香りが漂ってたまらん。
緩んでるの、俺だけかっ。
「本性を現しましたねっ」
テレサもまた、即座に全ブレイブハートに号令をかけた。
「余さず、皆殺しにせよっ」
「おぉおおおおっ」
総勢百名近いブレイブハートの集団が雄叫びを上げる。
うおっ。ちょっと正気に戻ったが、いくら広さは十分とはいえ、ここで殺し合いするのかっ。
しかも、総力戦でっ!?