ロクストン城の炎
俺は心底慌てて、手近な壁に身体を擦りつけたり、上着を脱いで服に引火した火を消したりして、なんとか消し止めることに成功した。
そして、「ふうっ」と息を吐いて周囲を見れば……全員が俺の慌てぶりを見物しているというね!
一緒に戦っていたアデリーヌやサクラでさえ、もはや自分の相手を倒したのか、遠回しに眺めてやがるっ。
さらに驚いたことに、増援要請に応えたのか、屋敷で留守を守っていたはずのメイドさん達が到着して、山のように俺達の周囲を取り囲んでいた。
「ちょっと! 人が焼死しそうになっているんだから、誰か助けてくれよっ」
「いえ、あの」
アデリーヌがなにか言いかけるより先に、サクラが指摘した。
「でも、レージったら無傷じゃない。焦げてるのは、服だけよ?」
「ええっ」
んな馬鹿なっと思って自分の服を点検すると……た、確かに俺、別になんともなってないな? おろ? 直撃した時、多少熱を感じた気がしたのに、焦げてるのは服だけらしい。
「ゆ、ユメのパワーか!」
俺はニコニコと俺を見上げるユメを抱き上げた。
「いやぁ、いつも悪いなあ。良い子だぞぉ」
「ふふふっ」
髪を撫でてやると、ユメはくすぐったそうに笑った。
「ユメじゃないけど、ユメでもいいのよ~。幸せな気分だからぁ」
「またまたぁ~」
俺が一緒になって緩んでいると、またしてもサクラが俺をつついた。
「レージの不死身は置いて、それより城の方はどうしたのよ!? さっき、罠がどうのって言ってたでしょっ」
「そ、そうだっ、カオル君は!」
思い出した俺は、即座にロクストン城がある方角を見た。
暗い上に、さすがにこの距離だとなにも見えんよな? と思いかけたが……いや、そうでもないぞ。
なんか、陽炎みたいなのがゆらゆらと――
「レージさま、煙がっ」
「それだっ」
アイナの声に、思わず大声で賛同する。
「いかん、俺の危惧が当たった! ホントに二重の罠だったらしい。みんな、今からでも城の方へ急ごうっ」
俺はよほど慌てていたのか、ユメを抱えたままいきなり走り出した。
しかし、すぐにアイナが追いつき、いとも簡単に俺達を小脇に抱えた。器用にも、ユメと俺を左右に分けて!
「お急ぎのようなので、私がお運びしますっ」
「す、すまない――おわっ」
「きゃははっ。高い高いっ」
途中でアイナが大きく跳躍し、民家の屋根の上に飛び上がり、俺はまた声を上げてしまう。
ユメは喜んでいるようだが、なんとアイナは、屋根から屋根へとバンバン飛んでいきやがる。そりゃまあ、直線コースが一番早いのは確かだけどっ。
「大丈夫です!」
俺の声に反応したのか、アイナが言う。
「お連れの方達も、全員、ついてきますわ」
「ええっ」
無理な姿勢から振り返れば、これもマジだった。
アデリーヌを始め、サクラや他のメイドさん達全員が、僅かな遅れのみで俺達に追従している。つまり、同じく屋根の上を飛んでいるんである。
こいつら、いちいち人間離れしているなっ。
普通人の俺は、ついていけない世界だぜ……。
「加速します!」
途中でアイナが一声叫び、俺達はさらに後続を引き離して、城へと急いだ。
城に着くと、アイナは俺が指示するまでもなく、軽々と城壁を跳び越え、ロクストン城の敷地内へふんわりと降り立った。
幸い、誰も見ていない。
まあどうせこの騒ぎじゃ、仮に今が真っ昼間で、誰かに見られたとしても、全然問題なかったかもな。
なにしろ、城の王宮に当たる本館の半分が炎に包まれている。
「じょ、冗談! ひょっとして殺られた後かっ」
あの女好きのひょろりとした皇帝を思い出し、俺は戦慄した。
仮に殺されたとしたら、このままブレイブハートのクーデターが成立してしまうかもっ。
「いえっ」
うっすらと光る瞳で本館を眺めていたアイナが、首を振った。
「熱源探知すると、本館五階で二手に分かれた集団がいるのが見えます。そこへ向かいますか?」
「頼む! て、ああっ」
頼んだ後で、ユメのことを思い出したが、もう遅いっ。
ユメと俺はアイナの小脇に抱えられたまま、豪快に跳躍して、直接五階の窓に飛び込んでいた。
短編書いたので、お暇な方はどうぞ。