勇者(ブレイブハート)の職務放棄
……こいつの言うことが本当だとしてだ。
俺は頭痛がしてきた頭で考える。
こいつの前世は異世界人であり、なおかつ百名いた勇者のうちの一人だという。しかも、その勇者を残り四人になるまで殺し尽くした邪神とやらが――あのいたいけな赤ん坊だったってのか?
そんな話が信じられるか!
――などと、人が怒濤の疑問を捲し立てようとしているのに、サクラとやらはさっさと話を進めた。
「わたしが前世で生きた世界は、フランバールと呼ばれる異世界の大陸だけど、邪神が人類を滅ぼうとしたのは、そこのロクストン帝国という国。大陸最強最大の国家だった。それでも、百年前に邪神――彼女はいつも、プリンセスとかダークエンジェルとか呼ばれるけど、とにかく邪神が蘇った時は、国ごと滅ぶところだったわ。戦いは丸二年続き、大量のブレイブハートが死んで、ようやく収まったの」
ぽかんと口を半開きにする俺を見て、サクラは即座に続けた。
「それだけに、帝国は邪神の復活を恐れ、万一また蘇った場合はすぐに察知できるよう、専門のハンターを設けた。さっきの連中が、そのハンターよ。警戒すること数十年、彼らはとうとう邪神の転生を察知したけど、見つけて問題の家に踏み込んだ時には、闇の信奉者がとうに赤ん坊を連れ去った後だった。しかも彼らは周到にも、なかなか帝国の手が伸びない、この異世界へ逃げてしまったというわけ」
「待った待った!」
怒濤の勢いでしゃべるサクラを、俺はようやく止めた。
そんないっぺんに説明されても、理解できるかって! 俺がそんな頭のいい奴だと思うな。
だいたい、情報ってのは小出しにするのが話の基本だろ……まあ、リアルでそんなこと言ってもしょうがないが。
「ちょ、ちょっと整理させてくれ。……つまり、こういうことか? 昔、ナントカ帝国で暴れ回った邪神が転生した姿があの赤ん坊で、彼女はあの屋敷であんたが殺した執事みたいな連中に連れられ、異世界である日本へ逃げてきた?」
「ちゃんと、理解できてるじゃない」
即答され、俺は喚いた。
「信じられるかー! どこをどう見ても、あの子は邪神なんぞに見えんわっ」
「……本当に?」
サクラが切れ長の目をすっと細める。
おまえ、いきなり凄みを出すなよ、おい。自慢じゃないが、俺のメンタルの弱さは、半端じゃないんだぞ。
「姿は赤ん坊そのままでも、彼女はあくまで邪神の転生体で、世界の魔物、その全てを率いるダークエンジェルだわ。だから、普通の人と違うところが絶対にあったはずだけど……気付いたことはない?」
「……うっ」
鋭い突っ込みが来て、さすがに俺は言葉に詰まった。
なんというカウンター!
今までは考えないようにしてたが、そりゃユメには明らかに人と違う部分がある。これまでは異世界人のためなのかと思ってたが――。
「えー、そのナントカ帝国の人って、恐ろしいスピードで成長したりする?」
「しない」
即答かい!
「地球人より長生きだけど、むしろ十五歳からはゆっくりと老化するわ……もちろんわたしも、前世の記憶を元に言ってるだけだけど」
「だ、だいたい、なんで異世界の勇者が、こっちに転生するんだよ?」
追求をかわすため、俺は苦し紛れの突っ込みを入れる。
「さあ? こんな例は帝国始まって以来だから、わたしにもわからない。わたしだって、前世の記憶が蘇ったのは、わずか十日前だもの」
どこか寂しそうな表情で、サクラが言う。
とても嘘をついているようには見えなかった。
「じゃ、じゃあ、それは一旦保留にして――あんたの目的はなんだ?」
さあ、最大の疑問を投げてやったぞ。
おまえの行動をどう説明するのか、とっくり聞かせてもらおうじゃないか!
……という意気込みを持って、俺はサクラを眺めたが。こいつはまた、予想外の返事というか、あり得ない斜め方向の返答をしてくれた。
「もちろん、彼女に協力して、人間共を滅ぼすのよ!!」
サクラは白い拳を固めて言い切った。
「わたしは、かつて人間のために戦い、人間によって裏切られた。今は復讐しか考えてないわ。だからプリンセスに協力して共に戦い、再びフランバール世界へ、そしてロクストン帝国へ舞い戻る。……必ず、家族の仇を討ってやるわ!」
力説するサクラの頬は紅潮し、瞳には涙が浮かんでいた。
しかし、もちろん俺の頭はさらに混乱した。
死んだレスティーのセリフじゃないが、まさに「ブレイブハートのくせに」だろ。 仮にも勇者が、そんなことでいいのかおい!?
「わたしが、再び人間のために戦うことはないと思う。特に、あのロクストン帝国のためにはね!」
俺の無言の問いに、サクラはきっぱりと言った。
「……どうして、そこまで帝国の連中を恨む?」
恐る恐る訊くと、無言で俯き、震え始めた。
震える唇が、ようやく囁く。
「いつか……いつか、話すかもしれないけど、今は許して。思い出すだけで、辛いのよ」
「そ、そうか」
さっきの言動からして、おそらく家族に関係あるんだろうが、そう言われると、俺も遠慮するしかない。
しかし、一応ざっと話は聞いたが、だからといってこれは――。
「多分、話の流れ的にユメに会わせろってことだろうけどさ」
俺は遠慮しながらも、告げた。
「しかし、今のあんたを会わせるのも、ためらいがある」
「どうしてっ!?」
あぁあああ、がばっと顔を上げたはいいが、綺麗な瞳に途方もない殺気が。
睨むな、怖いんだよっ。