これは罠だ!
屋敷前でかなり揉めたが、結局俺は渋々、みんなの同行を許可するしかなくなった。
なにしろ一番残したかったユメが「ユメもいくぅううううっ」と切ない顔で訴えるのである。おまけに、俺の身体に抱きついて、全然離れないし。
ああ、俺はユメに弱いなと思う瞬間である。
とはいえ、それだけが理由でもなくて、ユメを思い留まらせようとしている俺を見て、サクラがポツッと言ったのだ。
「でもユメだって、一時は闇の軍勢のトップだったわけよね。なら、今から戦闘経験積ませた方がいいと思うけど」
いやいやっ。そもそも尾行して、カオル君とアデリーヌの会話を見守るだけで、別に戦う気はないしっ。
そうは思ったが、俺は最終的にユメを連れて行くことにした。
サクラの言い分に影響されたのは間違いない。この子だって、いつも誰か保護してくれる奴が周りにいるとは限らないよな。
その代わりサクラに対し、「ならおまえは残るか?」と一応尋ねたら、この生意気女は「わたしはどのみちついていくわよ、馬鹿っ」と偉そうに吐かしやがった。
……そのうち、不意打ちでパンツ下ろしたろうか、こいつはっ。
「しかしおまえ、珍しく今日はドレスだな?」
コルセット装備のゴスロリファッション的なドレスを見て、歩きながら俺はじろじろ見てしまう。こいつはしかし……意外と、なに着ても似合うな。
「しょうがないでしょ、セーラー服はズタボロだもの。動きやすくて好きだから、また新しいの仕立ててもらってるけど」
また仕立ててもらってるのか! とはいえ、実は俺もあの格好は嫌いじゃない。
動きやすさなんざどうでもいいが、日本で見慣れた制服だから、親しみやすい。それに加えて、たまにパンチラもあるしな……そんなことは口が裂けても言わんが。
などと考えていたら、サクラが横目で見ているのに気付いたので、俺は咳払いして言ってやった。
「おほん。しかしおまえ、そういう格好も似合うぞ。真面目な話、美形は得だな」
「……お世辞はいいわよ、馬鹿」
また人を馬鹿扱いしてくれたが、ぷいっと横を向いたサクラの顔は、少し照れてたように見えた。
「レージ様、急いで追いつきましょうっ」
なぜか不機嫌になったエレインが急き立てたので、俺もそれ以上は言わなかったけど。
とはいえ、戦闘サイボーグのアイナに先行してもらっていたので、振り切られる恐れだけはない。
俺達はほどなく、夜のメインストリートを歩くアデリーヌに追いついた。
どのみち、彼女が向かう先も決まってる。カオル君が指定した、カフェである。
日本で言う喫茶店と役割は同じらしいが、この国でそんなのができたのはまだ最近なせいか、夜は特に空いていて、密談に最適だそうな。
「あまり接近すると、すぐにアデリーヌ様に気付かれますから、これくらいの距離が限界ですね」
ストーカーよろしく尾行中に、エレインがひそひそと言う。
……彼女の配下であるエレインが、俺の尾行に協力していいのかと思うが、俺が質問する前に、自ら教えてくれた。
「私達の命令系統は、この上なくはっきりしていますわ。レージ様のご命令が最優先ですから」
「うおっ」
心を読まれたのかと思ってぎょっとした俺に、エレインはとろけるような微笑みと共に言った。
「読んだわけではありません。レージ様の優しい性格はよくわかっていますので」
「そ、それ言うと、いつの間にか観察されていた事実が蘇るから、やめてくれー」
アデリーヌが問題の店へ入っていくのを遠目に見ながら、俺は無闇に照れた。
……カフェの中は多数のオイルランプで照らされていて非常に明るく、少し離れた横道の角から見張るだけでも、十分に店内の様子がわかる。
先行してもらったアイナは、ここからは見えないが、店の赤い屋根の上で伏せているはずだ。
まあ、俺なりに万一に備えているつもりである。
つってもどうせ店内には、若者の客が数名しかいないけどな。
そして――カオル君が指定してきた「壁に近い端っこの席」には、驚くような美少年が座っていた。上品そうなスーツに金髪、それに整った少女みたいな顔立ちをしている。
一応、帯剣はしているが、本当に目の覚めるような美形だった。
「うわぁ……アレがカオル君か」
同じ男として見ても、あれはちょっと別格だな。
神々しさまで感じる少年なんて、滅多にお目にかかれない。
「あっ」
ユメがふいに声をあげた。
「どうした!?」
「前から誰かに似てると思ったら」
にこっとユメが俺を見上げる。
「髪の長さは別として、アデリーヌはハダリーに似てるのよ~」
いやおまえそれ、カオル君と関係ないし!
「そ、そうか……」
思わず気の抜けた声が出たじゃないか。
……つか、誰だよそれ? まあユメの嗜好からして、好きなアニメの誰かだろうが。
「でも、ハダリーよりは胸ないのよー」
なんだとー。にわかにそのキャラが気になってきたぞっ。
アデリーヌもたいがい大きいのにっ。
「レージ様っ」
「レージ!」
緩んでいた俺を、エレインとサクラが同時に呼んだ。
「店内をご覧下さいっ」
「――むっ」
店内にいたカオル君以外の数名の客が、なぜか一斉に立ち上がっていた。
しかも、全員がいつの間にか剣を握っているっ。
「まずいっ。これは罠だ!」
俺は即座に店へ向かって走り出した。