ずっと見られていたという衝撃
「わたくしは逆に、レージさまはレージンフィルス様そのものだと考えておりますが」
即答はしたものの、アデリーヌは穏やかな笑顔で俺の手を握った。
「万一、わたくしの考えが間違っていて、レージさまが普通の人間だったとしても、わたくしの態度が変わることはございません。むしろ、これまでの経緯からすれば、その方が嬉しゅうございます」
「どうして!?」
「なぜならわたくしは――いえ、わたくし達は、人間である間宮玲次さまの方をこそ、より長くこの目で見て、過ごしてきたからでございます。その……正直なところを申し上げれば、レージンフィルス様ご自身は、時折ご神託をくださるのみでございました」
「え、どういうこと!?」
勢い込んで否定しようとしていた俺は、アデリーヌの言い方に思わずすっとんきょうな声を上げちまった。
「……実は我々聖母騎士団の面々は、ブレイブハート達のように、ある日突然使命に目覚めたような者は、至って少数派でございます。幼少の頃より、夢の中やあるいは日常的な幻視などで、自分が将来仕えるお方の日常を垣間見ていました……そうして少しずつ、本来の使命に目覚めた者が多いのですわ」
「も、もう少しちゃんと説明してくれます?」
なぜか心臓の鼓動が激しくなり、俺はいきなり敬語に戻って頼んだ。
心の奥底で、なぜか激しく嫌な予感がしたためだが――実際、詳しく聞いてみて、俺は喫驚した。
なんと、メイドさん達の多くは、睡眠中の夢や神託のごとき幻視で、日本に住む俺の日常生活を幾度となく鮮明に見ていたのだそうな。
この俺の……俺の日常生活をだ!!
――それこそ、アデリーヌ達が幼女の頃から!(ここが、特に大ショックだ)
謎の遠隔視は、日本にいた時の俺に限らず、時には時代も世界も超越していたことすらあるそうだが、それはまあ置く。
いずれにせよ、今はともかく――俺達が日本でブレイブハート達とやりあっていた時点では、
彼女達がどんなにそうしたくとも、世界を渡って援軍として駆けつけることは不可能だった。
それでも、最終的には俺とユメが日本で勝利を収め、そしてこの地に自ら――アデリーヌの言葉を借りれば「降臨してくる」ことを神託として受けていた。
……つまり、自分達が俺に仕える未来が来ることを、既に知っていたことになる。
そういや、初対面の時に彼女は「信者の一人として、連日のように夢に見ておりました」的なことを語っていたな。
アレは本当だったのか。
最初からやたらと俺とユメの事情に詳しかったのも、これで頷ける。
いきなりメシにカレーライスが出てきたのも、偶然じゃないな、多分。俺の好物だと普通に知ってたわけだ。
ていうかそんな些事より、全部聞いた時に俺の脳裏に浮かんだのは、部屋の中でエロ本とか読んでにやけている自分の姿だった!
万一、幻視でそんな場面見られてたら、もう憤死ものだぞっ。
だいたい俺、日頃からそんなかっこいいことをしてた記憶なんかないしなっ。
ショックのあまり、うわごとのように呟いていたらしく、アデリーヌが慌てて否定した。
「いえいえっ。まずい光景など、一つも見ませんでしたわ。道を尋ねる老人に親切に答えるレージさまの姿や、ご友人が侮辱されて本気で憤るレージさまのお姿……その全てを、わたくし達は鮮明に覚えております。あるいは、レージさま以上にっ」
そ、それは確かに、俺にとっても痛恨の記憶だが。
でもやっぱり、それも見られて嬉しいとは思えないんだが!
しかし……文句を言ったところで、アデリーヌ達とて、当初は否応なく「見えてしまっていた」んだろうから、今更愚痴ってもはじまらないか。
「なら、唐突に違うこと訊くけど……ここに着いたばかりの時、俺の過去の記憶(ホントはカオル君の代打だが)と話したことがあったろ? あの時、俺が素の自分に戻ると、アデリーヌは泣いていたと思うけど――その理由は?」
この際、この点も訊いてみた。
「あの時のレージさまは、わたくしの名前の由来について諭してくださったのです」
俺が眉を上げると、アデリーヌはまた詳しく教えてくれた。
「実は我がリュトランド家の分家に当たる立場の家から、ブレイブハートとなった者がいます」
どこかさばさばした口調で言う。
「分家とはいえ、よりにもよって我が一族から光の神のしもべとなった者が出るなど、これ以上ない屈辱だと当時は考えておりました。事実、まだその時は生きていた我が母も、激怒していたほどですわ。それ以来、一族の恥をすすぐために、わたくしはあえて当のブレイブハートと同じ名前に改名していたのでございます。あの時のレージさまは、そのことを慰めてくださったのです」
そこで、軽くため息をつく。
「口には出さずとも、内心でわたくしが気に病んでいたことを、見抜かれていました」
「あー……それでか」
俺も、日本で出会ったあの高慢ねーちゃんと、この子がなぜか同じ名前だなとは思っていた。
しかし、別に日本人同士でも同じ名前なんてゴロゴロしてるからな。あくまで偶然だろうと思って訊きもしなかったんである。
「で、俺はなんと答えたのかな、アデリーヌに」
「名前それ自体に、意味などないと」
アデリーヌは恥ずかしそうに目を伏せた。
「それに、かの者の決断と行動は全て本人の責任であって、リュトランド家が恥じ入る必要など、どこにもないと――そう仰いました。全てを包み込むレージさまのお言葉に感動して、思わず女々しく泣いてしまったのでございます」
「やー、それは確かに、俺が言いそうなセリフではあるけどね」
俺は苦笑して、今は俺の肩に頭を乗せているアデリーヌの金髪を撫でてあげた。
まあ、精神年齢はともかく、まだこの子は十四歳だしな。
しかし……あの時に、カオル君がそれほど最適な慰め方をしてくれるとは……一体全体、あいつはどういう奴なんだ?
段々、気味悪くなってきたな。
日頃から抜けている俺はともかく、レベル60越えを誇るアデリーヌの記憶なんか、簡単に読めないと思うんだが。
第一、心に侵入しただけでも、すぐ気付かれるだろうに。
アニメの彼と同じく、とことん謎な奴だ……つか、絶対に敵に回したくないな。