釘を刺す
「どうした? 会うと具合の悪いことでもあるのかっ!?」
俺がいささか苛立って尋ねると、向こうはあっさり言ってくれた。
『具合の悪いことは確かにあるね。ただそれは、君の想像するような理由じゃないんだ。僕らが今のタイミングで会うと、かなりまずいんだよ。その代わり、君以外の誰かなら、別に問題ないんだけど』
「俺以外なら会えるけど、俺とは無理ってことかよ?」
『正確には、無理というか危険なんだ。今は理由を言えないけど』
謎の返事に、今度はこっちが黙り込む番である。
これは、どう判断すりゃいいんだろう。
『どうする、レージ? 僕は君以外の誰かになら、会見に及ぶことにもやぶさかじゃない。それに、皇帝暗殺の件も、ぜひとも防がないと。もちろん、僕は僕で動くつもりだが』
「動けばなんとかなる立場なのか?」
『それはまあ、今はノーコメントかな』
「じゃあ、暗殺計画の具体的な日取りは? それはわかるのか?」
『今のところ、次の奴隷市の日だと聞いている。つまり、三日後の帝都内かな』
「ど、奴隷市ぃぃい?」
『そのまんまの意味だよ。ユリアノス皇帝は、年に二回ほどの頻度で開かれる、帝都内での奴隷市を、毎回非常に楽しみにしているし、何名も買って帰るんだ。もちろん、買われるのは全員、女の子さ』
気のせいか、カオル君の声に微かな嫌悪感がまじっていたような気がする。
まあこいつは、潔癖そうだしな。
「むううっ」
俺はあまりのことに、素で唸ってしまった。
カオル君の謎は置いて――そこまでして女を漁ってるのに、なおかつアデリーヌやサクラまで落とそうとするとは。どこまで女好きなんだ、あの人っ。
「助ける気合いが下がるが、しかし今集まっているブレイブハート達が国を乗っ取るよりマシだろうしなぁ」
『その通り。女好きだという点はともかく、皇帝はあくまで無害で無能な人だけど、テレサ率いるブレイブハートは違う。有能な上に、有害この上ないね』
「わかった。確かにあのテレサって女は、とてもヤバそうだ。よし、俺からアデリーヌに伝えて、対策を練るよ。おまえも、近々またコンタクトしてくれ。会見の設定をする」
『いいけど、くれぐれも君以外とだよ?』
「ああっ。約束はちゃんと守るさ」
俺はカオル君との話し合いをやめると、その足でそっと部屋を出た。
もちろん、廊下に出た瞬間、マリアにユメのことを頼んでおいた。
暗殺の件も対策を急ぐ必要があるが、あのテレサだって、いつまたこっちを狙うかわからないしな。
とはいえ、アデリーヌの部屋は俺の二つ隣なので、距離的にもほとんど離れていない。
幸い、入り口にあるチャイムを押すと、彼女はまだ起きていて、すぐに俺を入れてくれた。
なぜかむちゃくちゃ素晴らしい笑顔であり、「まさか、これほど早くお越し頂けるとは、感激でございますっ」なんて言ってたが、こりゃ絶対なにか勘違いしているな。
ソファーに誘われた俺は、すぐに訪問の目的を話してやった。
話の流れ上、やむなくこれまで黙っていたカオル君のことも打ち明けると、たちまちとろけるような彼女の笑みが消えた。
「レージさまには、なんらかの協力者がおられるような気がしていましたが、まさかそういう方だったとは」
「未だに謎だが、そっちは俺の指名する誰かに会見してもらうとして――問題は、目前に迫った皇帝暗殺の件だ」
俺はあえて彼女の方を向き、はっきりと尋ねた。
「あいつも俺も、最悪の事態を回避するためにも、皇帝は助けるべきだろうと結論を出したけど、アデリーヌはどう思う?」
「わたくしの意見などは、問題ではございませんが……しかし、今回はわたくしもそのお方と同意見でございます」
アデリーヌは風呂上がりの湿った金髪を撫でつつ、悩ましいため息をついた。
うう……ドレスは既に薄い夜着だし、なんか香水みたいな香りはするし、ちょっと危ないな――俺の理性が!
「ユリアノスはいずれ倒す相手としても、今テレサ達が彼にとって代わるのは、我々にとってあまりよい結果とは言えません」
「俺もあの皇帝が好きってわけじゃないが、別に倒す必要はないだろ、俺達も?」
「それがレージさまのお心なら、わたくしに否やはございません」
アデリーヌは神秘的な微笑を広げた。
「それでは、当面は敵の暗殺計画を阻止することについてのみ、考えましょう」
あっさり折れたアデリーヌを見て、俺は日頃からの疑問がむらむら沸き立つのを感じた。ここらで、ちょっとはっきり言っておいた方がいいかもしれない。
今はいいチャンスかも。
「レージさま?」
「ああ、うん。いや、ちょっと話が逸れるんだけど、俺も異世界でユメ関係のゴタゴタに巻き込まれてるから、『俺=ユメのパパ神説』があるってことくらいは、知ってるんだよ。ただ、今のうちに断言しておくけど、それは誤りだぜ? 俺の本質はあくまで、単なる間宮玲次なんだ。いい機会だから、はっきり主張しておくよ」
きょとんとするアデリーヌに、ずばり告げてみた。