サクラのサービス
「平気だってば!」
人が心配してやってるのに、サクラは俺の手を邪険に振り払う。
腹を押さえてじろっとアイナを見た。
「ところで、この子は?」
「仮名、アイナ。向こうの部屋で見つけた、プロトタイプのヒューマノイドさんだ」
俺の間抜けな紹介にもかかわらず、アイナは微笑して低頭した。
「マスターのしもべでございます。よろしくお願いしますね」
……この手の女の子は受け入れられるかな? と思ったが――。
少なくとも俺の心配は、ユメに関しては杞憂だったな。
走ってきて手を伸ばし、ユメがバトルスーツの足にぺたぺた触ったのだ。気を利かせたアイナが腰を屈めると、ユメは喜んでアイナの頬にまでぺたぺた触った。
「すごいねー、人間そのままだねぇ」
きゃははっと陽気に笑う。
笑ってる場合じゃないけど、心が和むな。
「な、良い子だろ? おまえも、この子にはのっけからキツいこと言うんじゃ」
言いかけたところ、サクラが俯せに倒れているのを見て、俺はぎょっとした。
「お、おいおいっ」
抱き上げて膝の上に抱えたが、もう全然意識がないっ。
おまけに、顔色も真っ青だった!
「エレインっ、治癒を!」
「わかりましたっ」
さすがに彼女の行動は素早く、意識を失ったサクラを横たえ、早速治癒魔法を使ってくれた。
……こいつはホント、気絶するまで意地を張るからなっ。
さすが高レベルのエレインの治癒のお陰で傷だけは塞がったが、サクラはまだ目覚めない。
やむなく、後は俺が背負って仮本部まで戻ることになった。
仮本部というのは、あの戦艦の司令室みたいなのがあったところだ。
ちなみに、俺が背負って運ぶことについても揉めそうになったのだが、俺は断固自分が運ぶと言って譲らなかった。
口が悪いのはアレだが、サクラには世話になってるからな。
「パパがぁ、ユメ以外の女をおんぶしてるぅうう」
不平そうにユメが頬を膨らませていたが、俺は苦笑して言い聞かせた。
「まあ、そう言うなって。昔はブレイブハートでも、もう今は仲間なんだし。俺にとっちゃ大事な戦友だよ」
「マスター、本当に私が運びますが?」
「いえ、むしろ私が」
アイナとエレインにも首を振り、俺は「それより、周囲の警戒頼む」とだけ言っておいた。
あんまりしゃべると息が上がる。
「……太股に触ってる」
「わっ」
いきなりサクラの声がして、俺はまたしても飛び上がりそうになった。
「目が覚めたかっ」
「まあね……まだダルいけど」
確かに、少し声に勢いがないな。
身体もぐったりしたままだし。
「治癒魔法の影響だろうな。でもまあ、そのお陰で傷が塞がったんだし、エレインに礼を言っとけよ」
「……迷惑かけたわね」
珍しく、サクラが本当に礼を述べた。
「お礼などいいですが、もう歩けるのでは?」
エレインはらしくもない意地悪な言い方をしたが、俺はあえてサクラを下ろさなかった。治癒魔法使われた後のダルさは相当なものらしいからな。あの傷じゃ血も大量に失ったし、すぐ歩かせるのはまずいだろ。
「おまえも、また意地張って無理に下りようとするなよ? いいな」
「……身体が密着してるわね」
返事がそれかい。
「密着してないと背負えないわいっ。あと、おまえの太股も、触らんとどうにもならんっ。別に襲わないから、文句言うなっ」
「冗談よ」
サクラは微笑を含んだ声で囁いた直後、どういうつもりか、自ら両足をきっちり俺の胴に絡め、あまつさえ両手でしっかり抱きついてきた。
まさかそんなことをされるとは思わず、俺はこいつの正気を疑ったほどだ。
「おい……本当に大丈夫なんだろうな?」
「戦友だと言ってくれて、ありがとう」
俺にしか聞こえない声でサクラが囁く。
「聞いてたのかよ」
耳に温かい息がかかって、くすぐったい。……それと、今更ながらに背中に押しつけられた、胸の膨らみを意識してきたりして。
どういうわけか、手足を必要以上に絡めておぶさってるしな。
「お礼に……少しはサービスしてあげる」
こっちの疑問を読んだように、また俺の耳元で囁きやがった。
「けっ。むしろ、おまえがそうしたいんじゃないか?」
たまには俺だって、言い返すのである。すぐに返事はなかった。
よほど時間が経ってから、サクラはようやくぽつりと答えた。
「そうかもしれないわよ?」
ごくごく小さな声だったが、確かにそう聞こえた。
こいつ……寝ぼけやがって。
一人で焦っていたら、本当にサクラの身体からガクッと力が抜け、微かな寝息が聞こえた。
なんだよ、本当に寝ぼけてたのかよっ。ちょっと期待しちまっただろうが!