サクラVSテレサ
ご大層な挨拶だったが、あいにくサクラの心は微塵も揺るがなかった。
「寝言を言わないでほしいわねっ。わたしの方が、あんた達や人間共に裏切られたのよ!」
「たかが家族を殺されたくらいで、信仰を捨てるとは…つくづく度し難い人ですね、貴女は」
「……なんですって?」
危険なほど低くなったサクラの声に、彼女自身も抑えようがない殺気が滲んだ。
はっとしたようにエレインが何か声をかけようとしたが、既にサクラは猛然と駆け出していた。
「殺してやるっ。覚悟するがいいわっ」
「こちらのセリフですよ」
双方、瞬く間に間合いを詰め、サクラは愛用の刀を振り上げ、そしてテレサと名乗った少女は、寸前で手に白く輝く刃を持つ剣を出現させた。
次の瞬間、刀と剣とが激突し、ギィイインと歪んだ音を立てる。
しかし、鍔迫り合いに入る前に、テレサの姿がその場から消失する。
お陰で否応なく、サクラは前へよろけそうになった。
「くっ」
一瞬、相手が本当に消えたのかと勘違いしそうになったが、すぐに強烈な足払いを掛けられ、視界の天地が逆になった。
(一瞬で身体を沈み込ませ、足払いをっ。わたしがよく使う手なのにっ)
しかし、今回見事に引っかかったのはサクラであり、そのまま廊下に叩きつけられそうになる。受け身を取ろうと身構えたが、すかさず同時攻撃がきた。
つまり、下方から唸りを上げて魔剣が襲ってきたのだ。
空中で強引に身を捻ったサクラの目に、魔剣が残した光の軌跡が、鮮やかに焼き付く。
「こんなのっ」
宙に浮いた状態ながら、サクラは即座に刀でその剣撃を受けた。
ただし、受けきるのは不可能だった。
あろうことか、テレサの剣撃を受け止めた瞬間、あまりのパワーに容易く身体がふっ
飛ばされたのだ。
ギィィンという凄まじい音と共に、サクラの身体は実に通路の天井まで飛ばされてしまう。ここの通路は、数メートルの高さがあったのに。
「馬鹿力ねっ」
天井に激突する寸前、サクラは身を丸め、逆に天井を蹴って眼下の敵に一直線に飛んだ。
「なら、これでどうっ!?」
伸び上がるような姿勢で魔剣を振り切っていたテレサの頭部を、直上から真っ二つにする勢いで襲い掛かる。
しかし、両者の目が合った途端、テレサの唇の端が吊り上がり、笑った……確かに笑ったのを、サクラは見た。
そして、その場でテレサの身体がぶれ、サクラの刀は空しく残像を斬る。
なんと彼女は、ごくごく最小限の動きで身を捌いたのみで、サクラの攻撃を避けて見せたのだ。
「先が見えましたね!」
冷静な声と同時に、寒気がするような風切り音がした。
空振りしたサクラが空しく着地したその瞬間、今度はテレサの剣がお返しのように来たのだ。
横殴りの一撃は、未だ立つ姿勢も取れずにいるこちらの隙をついた完璧なタイミングであり、サクラの背筋に冷たいものが走った。
それでも、あえてその場に倒れ込むことで、被害を最小限に食い止めようとした。
しかし、その時――
「――むっ」
ふいに剣撃の方向を変え、テレサが魔剣で黒き刃を持つ剣を弾いた。
そのまま大きく後方へ跳んで間合いを開けてしまう。
「エレインっ、手を出さないで!」
天井に当たった後、自分の脇に落ちた剣を見て、サクラは叫ぶ。
エレインが双剣のうちの一振りを投擲したのを、看破したからだ。
「私もそうしたいところですが、後でレージ様から叱責を受けるのは困りますから」
素っ気なく答え、エレインが片手を上げる。
たちまち床に落ちた魔剣が飛んで戻り、彼女の手に収まった。
「こちらは一斉にこられたところで、一向に構いませんよ」
相変わらず余裕を見せたテレサがほざく。
「ならば、お言葉に甘えて」
エレインは冷静に答え、双剣を手に前進してきた。
「そもそも勝手に侵入してきた相手を倒すのに、あえて一対一でやり合う必要など、どこにもありません」
「三対一でふくろ叩きなのよーーっ」
ユメまで張り切って走ってきて、サクラは焦った。
「ちょっと馬鹿! ユメは駄目よっ」
「そう、ユメは駄目だぞっ」
ふいにレージの声がしたかと思うと、通路に真っ白な閃光が走った。