ブレイブハートを束ねる者
しばらく走った後、さすがにサクラ達もこれは妙だと気付き、走るのをやめた。
相変わらず通路は続いているし、今のところ周囲は明るいが、もう少し先へ進むと暗闇が広がっているのが見える。
つまり、マザーコンピューターのマリアの言う、A3エリアの境界まで来てしまったのだ。
行く先が暗いというのはつまり、この先にエネルギー来てないということだろう。
「おかしいわね、レージは?」
「ねぇ、パパはぁ!」
サクラとユメが同時に声を上げる。
万事に気の利くエレインがいきなり声を張り上げた。
「マリア、レージさまはどこですか?」
『マスターなら、貴方達が最初に角を曲がった、すぐ先の部屋の中にいます』
「えぇえええええっ」
「追い抜いてたわけっ? なら先に言いなさいよっ。無駄な距離を走ったじゃない!?」
またしてもユメとサクラが同時に声を上げた。
『特に訊かれませんでしたし、私にとってはマスターの都合が最優先なので』
いけしゃあしゃあと答えるマリアに、サクラは大いにむっとした。
「あんたねぇ――」
そこでエレインが素早く口を挟んだ。
「マリア、不審者はどうなりました?」
『現在、マスターと一緒にいます』
それを聞くや否や、エレインがすかさず身を翻して駆け出そうとした。
もちろん、サクラもユメも同じく引き返す気満々だったが……背中にぞくりと殺気を感じ、サクラは大声を上げた。
「止まって! 誰か来るわっ」
警告の声は、少なくともエレインには必要なかったらしい。
彼女はサクラとほぼ同じタイミングで急停止し、さっと振り向いて走ってくるユメを抱き留めたからだ。
「待って、ユメちゃん! 怪しい気配がするわっ。マリアっ」
すぐにマリアに訊いたが、あいにく返事は芳しくなかった。
『私の管理するエリア内では、新たにA3エリアで発見した者を除き、他に不審者は見当たりません。ただし、まだサブコンピューターが起動されていないエリアについては、確認する方法がありません』
「じゃあ、訊くだけ無駄よ」
サクラはあっさり言い切った。
「誰だか知らないけど、こいつはこれから調査するはずだったエリアから来るもの」
「つまり、あの真っ暗な通路からですね」
エレインも同じことを感じ取っていたようで、いきなり両手を広げて叫んだ。
「来なさい! 対の魔剣、ダークファンタジーっ」
たちまち、サクラやユメと同じ魔法付与の剣がそれぞれの手に握られる。
「敵なら、ユメも戦うのっ」
既に自分の剣を出していたユメが、明るく叫んだが、サクラとエレインが二人して止めた。
「ユメ、ここはわたしに任せて!」
「ユメちゃん、この敵はどうやらかなりの腕前のようです」
声が重なったせいか、思わず顔を見合わせ、サクラとエレインは苦笑した。
「なんでぇ! ユメだって強いもんっ」
後ろでユメがわーわー言ってたが、既にサクラは身を低くして戦闘態勢に入っている。
今感じる殺気と威圧感からして、こいつを甘く見るのはまずい気がする。
やがて、身構えるサクラとエレインの耳に、前方の闇から、コツコツという足音が接近してくるのが聞こえた。
「……真っ暗な中で明かりもナシに移動とは、辛気くさい奴ね」
「今気付きましたが、あなたが通路で見かけたというのは、こちらの方かも知れませんね」
ぽつりと呟くエレインに、思わずサクラは訊き返した。
「どうしてそう思うの?」
「レージ様が見つけた足跡の歩幅と、今聞こえる足音の間隔が、ほぼ一致する気がします」
「あなた、なかなか器用な特技を――」
呆れて言いかけ、サクラは慌てて口を噤んだ。
ようやく、敵が見えたからだ。
女性……というよりはまだ少女の年代であり、ボブカットにした鮮やかな金髪と碧眼、それに純白のドレスという実に場違いな子だったが――。
サクラですら眉をひそめるほどの、冷え切った目つきをしていた。
神々しいほどの美人ではあるが、人が持つはずの温かみなど、微塵も感じなかった。
「あの男が来る前に、おまえ達を片付けておくのも一興でしょう」
彼女は、サクラとエレインを見比べ、ニイッと唇を吊り上げて笑った。
「誰よ、あんたっ」
サクラがつっけんどんに尋ねると、少女は刃のごとき視線を向けた。
「我が名は、テレサ・パラディーヌ。光の神アフランの名の下、新たなブレイブハート達を束ねる者です。裏切り者のサクラっ」