ご命令をどうぞ
俺はとっさに、その子の武器――つまり、どう見てもライトセーバーにしか見えない物騒なビーム剣みたいなのを取り上げようとしたが。
しかしなんと、この子はいきなり息を吹き返したように動き出し、俺の腕を取った。
「待ってください! 貴方は人間なんですね?」
話しかけるのと同時に、ぶっそうなビーム剣の刃は収めてしまった。
「わっ」
この子、俺の動きに追従したぞっ。まさか時間の鈍化ができるわけじゃないだろうから、動きをこっちに合わせたってことか!?
そんなことが可能だなんて……どれだけのスピードで動けるんだよ。
だいたい、ただ速いだけじゃなくて、普通は思考速度も合わせる必要があると思うんだが。
ぶったまげている間に、発動時間はあと四秒だしなっ。
「ちょ、ちょっとこっちへ!」
たまたまその先の部屋のドアが少し開いていたので、俺はその子を伴ってささっと部屋に入り、手でドアを閉めた。
自動ドアだろうが、今の状態じゃ勝手に閉まらないからな。
閉めきったところでちょうど時間切れになり、歓声を上げながらサクラ達が走って行く音が聞こえた。
「敵、敵はどこぉおおおお」
「ユメ、うるさいっ。わたしが先よっ」
「レージ様ぁ!」
お、お祭り騒ぎだな、あいつらっ。
なんか勘違いしてないか!
まあ、とりあえず揉めごとは回避したので、改めてこの子をじっくりみた。
……全身一体化した濃紺の競泳水着みたいなの纏ってるが、これはアレか、戦闘スーツ的なものか? ところどころラインが入ってたりして、それっぽいし。
長い髪は光沢のある純白で、瞳は薄赤い。
どこの人種だよって感じだが、まあここは異世界なので、不思議はないのか。
「俺は最近、マザーコンピューターのマリアのお陰でここに移ってきた者だけど、君は?」
「私は、プロトタイプヒューマノイドの、タイプ013です」
……今さらっと、とんでもないこと聞いた気がするぞ。
「旧型モデル、タイプ012の改良版で、最新鋭の実験機です。より人間に近い挙動と思考ができますし、性能も旧型より五割以上はアップしているはずです」
ちょっと誇らしげに言われたが、俺はそれより、意外すぎて思考が追いつかない。
つまりこの子……ロボットとかアンドロイドとか、そっちの系統かっ。
「ところで――貴方は今、極端に動作速度が落ちましたが、今の動きが標準ですか?」
小首を傾げて訊かれた。
……本当に、人間にしか見えないんだが。
「動作速度? ああ、パーフェクトタイムのことな。それは異能力であって、普段の俺はあんな速く動けないよ。ていうか、そもそも弄ってるのは時間の方なんだけど。それよりだ――カプセルがあった部屋を見つけたけど、君はあそこにいたのか?」
「はい。元々、この時代に目覚めるようにセットされていました」
「どういう理由で、誰が!?」
「完成した直後に私を眠らせたのは、マスターです。もちろん、理由は私もお尋ねしましたが……しかし、マスターはお答えくださいませんでした。『その時、きっと必要になるから』とだけ仰って」
少し考え、付け足した。
「こうも仰いました。『マミヤ・レージという名の異世界から来た男が、必ずおまえを見つけるだろう』と。……もしかすると、貴方がそうですか?」
期待感たっぷりに訊かれたが、俺は度肝を抜かれてあんぐり口を開けていた。
マザーコンピューターのマリアが『先史時代の貴方を知っている』的なことを告げ、あっさりと俺をマスターだと認めたが……正直、今の今まで信じてなかったのだな。
あくまでも俺は、ユメという存在のお陰でここへ来た、単なる元日本人だろうと。
しかし……こうやって別のガチ証拠に遭遇してしまうと、その自信もちょっと揺らいだりして。本気で俺は、かつてこの世界で生きていたのだろうか。
とそこまで考え、まだこの子が大人しく返事を待っていることに気付き、俺は慌てて頷いた。
「あ、ああ。俺は確かに間宮玲次だ。呼び方はレージでいい」
「やっぱり!」
初めて表情が緩み、女の子は胸の前で両手を合わせた。
「では、なんの問題もありません……今から貴方が私のマスターです、レージ様」
彼女はそう言うと、その場で片膝をつき、恭しく頭を垂れた。
「ご命令をどうぞ」
「いや、そんな堅苦しい挨拶はいいよ」
俺は慌てて彼女の腕を取り、もう一度立たせてあげた。
「それより、十分ほど前に向こうの通路で俺達を監視していたのは、君にとってのマスターを見分けるためかな?」
「私は監視していません」
彼女は即答した。
「私がマスターに本当の意味で出会ったのは、つい先程、レージ様が角を曲がってきた時です。足音だけを聞いて先に戦闘態勢を取っていましたが、まだお連れの方達の顔も見ていません」
「……なんだって」
俺は思わず息を呑んだ。
つまりなにか……サクラが見たって奴は、この子とは別口なのかっ。