怪しい痕跡
「誰かって……ここにか?」
俺は我ながら怖じ気づいた声で周囲を見た。
エレインの明かりがなければ、今だってこの周囲は真っ暗なはずなのだ。
それに、マリアの管理が行き届いている区画と違い、この廃棄されたままの通路だと、さすがに足元にもうっすらと埃が――
「――おわっ」
俺は通路の床を見て、ぶったまげた。
「足跡がある!」
「ほら、ご覧なさいっ」
サクラが偉そうに胸を張った。
「いや、俺は最初から疑ってないっ。でも、実際に足跡なんか見つけたら、驚くだろうが! 下手すると、千年くらいは放置されてたかもしれない場所だぞ、ここは」
「この足跡は」
早速、有能なエレインがその場にしゃがみ、足跡を調べた。
こういう時、速攻で前へ回り込んでスカート覗きたくなる俺は、やはりどこか駄目人間だな。まあ、今更だが。
「……サイズからすると女性ですが、でも足跡がついたのは、まだ新しいですよ」
「ということは、パパの拠点に、誰か勝手に入ってきたの?」
ユメが不服そうに言ったが、エレインもサクラも首を傾げた。
「まだ、そこまではわからないわね」
「侵入してだいぶ経つのなら、もっと足跡が残っているはずよ」
サクラは既に刀の柄に手をかけていた。
いつもながら、喧嘩っ早い。まあ、侵入者が本当にいるなら、俺達に友好的だとは思えないのも確かだが。
サクラが人影を見たという前方を眺めると、少し先で突き当たりになっていて、Tの字に分岐している。
「そいつ、どっちへ行った?」
「右の角からこっちを見てたわ」
「女だったわけか?」
「長い髪がちらっと見えたから、女でしょうね。でも、そこまで明かりがほとんど届いてなかったから、髪の色までは見えなかったわ」
「……うう、気が進まないが、確かめるしかないな」
「私が先行して確かめましょうか?」
「わたしが先へ行って確かめてもいいわよ?」
やる気満々の女性二人が同時に言えば、ユメまで「ユメが見に行って、あやしいのがいたら、こらしめてあげるぅ」などと俺の腕を引っ張った。
「ユメは、女の子にしては物怖じしないよなあ」
俺はユメの頭を撫でてやったが、きっぱりと言った。
「今は単独行動とるより、全員で動いた方がいいと思う」
珍しく、誰も俺の意見に異を唱えず、俺達はそろそろと先へ進んだ。
当然、サクラが「何者か」を見かけた、右の角へと曲がり、警戒しつつ歩いて行く。
通路自体は非常に広くて歩きやすいのだが、なにしろ俺達が歩く音以外、何一つ物音がしないわ、行く手は真の闇が広がっているわで、緊張感が半端ない。
「追うつもりで同じ角を曲がっても先は真っ暗ってことはだ、そいつは明かりもなしに動き回ってるってことだよな。いよいよろくな目的の気がしないな」
俺が呟いた瞬間、エレインが「あっ」と声を上げた。
「どうした!?」
「いえ……少し先に、明かりが洩れている部屋があるようですわ」
彼女が指差す方向を、俺達は慌てて見やる。
言われてみれば、ずっと先でごくごく微かな明かりが見えていた。
「ここの動力が何かは知らないが、それはもうずっと切れたままだったはずだよな? そのために、俺達がこうしてサブコンピューターとやらを起動しに歩いてるわけで」
「そんなの、あそこへ行ってみればわかるわよっ」
いつもの強気発言と共に、サクラがずんずん先へ急ぐ。
一人で行かせるわけにもいかないので、俺達も必然的に急ぎ足で進み――そして、問題の場所へ着いた。
元は自動ドアだったのだろうが、今は金属ドアが半ば開いた状態で、止まっている。明かりは、そこから洩れていたらしい。
サクラを先頭に、俺達が中へ入ると――
「なんだ……これ」
驚いた俺は、むしろサクラに並ぶようにして、部屋の奥へ向かった。
そこには、大型コンピューターの四角い筐体みたいなのに囲まれるようにして、人型をした楕円形のカプセルが設置されている。
しかも、上部の透明カバーが、開きっぱなしになっていた。
明かりは、そのカプセルが光っているためだったらしい。
「ここにも、今し方ついたばかりのような足跡があります」
エレインが早速、カプセル前の床を指差す。
「誰かがこの中にいて……ついさっき目覚めたのかもしれません」
こ、こんな場所に、誰がいたんだ?
俺は思わず周囲を見渡したが、相変わらず静まり返っていた。