実在した、あの人(続かない別視点)
光の神の化身かと思うような、神々しい女性戦士が新たにブレイブハートに加わったことで、僕は自分がブレイブハートとして目覚めたことに、大いなる誇りを覚えるに至った。
今日も、帝都バルバライズ内にある、光の戦士達が集う拠点に顔を出そうとしていたのだが、街路を歩くスーツの背中を見て、足を止めた。
知人と見て、思わず声をかけてしまう。
「おお、ロベール殿」
呼びつけてしまってから、はっとして立ち止まる。
「失礼しましたね……先日の会合で、敵がどこにいるかわからない故、街中では本名を出さない決まりになりましたな」
「ええ、そうですね」
特に気を悪くした様子もなく、彼は挨拶代わりに低頭してくれた。
相変わらず、女性と見間違うような目立つ美貌の持ち主で、僕でさえ見た瞬間にはちょっと戸惑う。
「でも、あくまで個人の判断に委ねるということですし、そうお気遣いなく」
微風になびく長い金髪を手で払い、ロベール殿はひどく優しい笑顔と共に言ってくださった。だいたいにおいて、ブレイブハートとして目覚めた者は、猛々しい性格の者がやたらと多く、僕はたまにそこが合わないと思う時もある。
しかし、この少年は僕以上に控えめで、しかも穏やかに見える。
にも関わらず、着用しているスーツにも襟元のクラバットにも、一部の隙もない。
彼は再び歩き出しながら、「ロベール殿も会合ですか?」と尋ねた。
「ええ、まあ。やはりブレイブハートとして目覚めたせいか、どうも家にいると落ち着かないもので」
「ははは……よくわかります。ところで、今日の会合自体は、さほど重要な話し合いがあるわけでもありません。どうでしょう? そちらのカフェで少し話をしませんか?」
「カフェ? ああ、最近王都にできたという、飲み物を専門に出す店ですね。……それはもう、喜んで」
もちろん僕は、ろくに悩みもせず、即答した。
なにしろ彼は、ブレイブハートとして目覚めたのが誰よりも早く、しかもその実力とカリスマ性は、先日目覚めたばかりの女性戦士に、勝るとも劣らない。
なにしろ彼はブレイブハートとして目覚めたのが誰よりも早く、しかも神々しいばかりに美しい少年であり、なにより腕が立つ――それはもう、恐ろしいまでに。
だから、別に僕でなくても、彼と話したいと思うブレイブハートは、男女ともに大勢いたはずだ。
開店して間もないカフェとは、お洒落なテーブルを並べ、壁に絵画を幾つかかけた、上品な場所だった。
やってきたウェイストレスにメニューを頼んだところ、ちゃんと紅茶もあったので、僕は大いにほっとした。
昼間から酒など飲めぬから。
僕が紅茶を注文すると、ロベール殿も同じものを頼み、なんとなく嬉しくなってしまう。
これは気が合いそうだ、と直感で思ったのだ。
やはり彼は、他のブレイブハートとは、良い意味で違う。
「時に、レナード殿」
いざ紅茶が来てから、ロベール殿はふと思い出したように尋ねた。
「少し前に、サクラという名のブレイブハートとやり合ったとか?」
「ああ……これは恥ずかしい。既に噂が届いていましたか」
実際、顔を赤くなるような思いで、僕は無闇に頭をかいた。
「いや、まさかリュトランド家の屋敷に、先輩格のブレイブハートが食客として滞在していたとは、思いもしませんでした。しかも、驚くほど喧嘩っ早い方でしたね」
サクラ殿の不思議な格好と、そのとんでもない腕を思い出し、僕はつい苦笑してしまう。
外見はまるで違うが、サクラ殿も腕だけなら、先日加わった「彼女」とそう遜色ないのではないか? しかも、「彼女」よりは、まだしも親しみやすい気がする。
するとロベール殿は、まるでその心中を読んだように重ねて尋ねた。
「でも、戦ってみて、不快ではなかった?」
「そう、そうなのですよ!」
我が意を得たりとばかりに、僕は深く頷く。
「この前の会合では、サクラ殿はブレイブハートの裏切り者だとされていましたが、どうも僕は、そう邪悪なものを感じませんでした」
この発言は、新たに目覚めた者の立場からすると、少し危ういものであることは承知しているが、このロベール殿になら、正直に打ち明けてもいい気がした。
「よくわかります。僕も、彼女に出会ったことがありますから」
幸い、彼は大きく頷いてくれたので、僕は大いにほっとした。
「やあ! これは、密かな同志を得ましたね、はははっ」
我ながら単純だとは思ったものの、つい声を上げて笑ってしまう。
「何事も、最初から決めつけるのはよくないと思うのです」
いつもの不思議な魅力に満ちた笑顔で、彼はそう言った。
優雅な手つきでカップの紅茶を一口飲んだ後、ニコニコと続ける。
「戦うのなら、本当に自分が倒すべき相手かどうか、きちんと見定める必要がありましょう。……そうじゃありませんか?」
「いや、確かに」
僕も同意したが、思わず店内を見渡してしまった。
ブレイブハートの結束は、悪い意味で固い。
僕は自分の発言に覚悟ができているが、彼まで巻き込むのは申し訳ない。
そこで、話を変える意味でも、今思い出したように尋ねてみた。
「そういえば、街で名乗る仮名を、まだ伺ってませんね? 僕はジョンと名乗るつもりですが、ロベール殿は?」
「これは申し遅れました」
姿勢を正し、彼が手を差し出す。
僕より年下に見えるのに、相変わらず礼儀正しい人である。
実は彼は、視力が皆無に近いそうだが、空色の深い瞳を見ると、とてもそうは思えない。
むしろ、こちらの心の底まで見渡しそうな気さえする。
「改めまして、よろしく。仮名はひとまず、カオルとでもしておきましょうか」
そう言うと、彼は心に染みるような笑顔を広げた。