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 外はみぞれのようなものが降っていた。

 川沿いの遊歩道を少し走ると、梨花にはすぐに追いついた。

 真っ赤なコートを着て、花柄の傘をさした梨花の背中に、幸也は小さく声をかける。

「……梨花」

 梨花が黙ったまま立ち止る。そしてゆっくり振り返ると、傘の陰からじっと幸也のことを見た。

「梨花、あの……ごめん」

「あんた、そうやってすぐ謝るの、やめてくれない?」

 そして一歩幸也に近寄ると、持っていた紙袋を押し付けた。

「謝れば何でも許されると思って……バカじゃないの?」

「だから、ごめんって……」

 そう言いながら紙袋の中を覗き込む。中には見慣れた丸いおにぎりが入っていた。

「お腹すいてると思って作ってやったの。誕生日プレゼント。梅干しは入ってないから」

「……どうも」

 梨花がぷいっと顔を背け、そのままゆっくりと歩き出す。

「梨花っ」

 そのあとを幸也は追いかけて、紙袋を抱えながら梨花の隣に並ぶ。


「……千桜ちゃんは、大丈夫なの?」

 前を向いたまま、梨花がつぶやいた。

「うん。大丈夫だって」

「そう……」

 小さく答えると、梨花は持っている傘を、少し幸也に傾ける。

「突然押しかけて、酔っぱらって、きっとヘンな女だと思われたね?」

「そんなこと、ないだろ」

 ふっと夜空に向かって、梨花が微笑む。


 冬は終わりかけているというのに、今夜の空気は凍りつくように冷たかった。

 ひとつの傘の中、言葉もなく、幸也は梨花の隣を歩いた。

 言わなきゃいけないことがあるはずなのに、どうしてもそれが切り出せない。

「幸也……」

 そんな空気を断ち切るように、梨花がぽつりとつぶやいた。

「あたし、決めたから」

「決めたって……何を?」

「赤ちゃんと、さよならするって、決めたから」

 梨花が立ち止って幸也を見た。いつものように強気な視線で、真っ直ぐ幸也のことを見た。

「……おれも一緒に病院に行く」

「大丈夫。ひとりで行けるから」

「じゃあ車で送ってく」

「大丈夫だって」

 梨花がくすくすと笑い出す。幸也はゆっくり右手を伸ばすと、そんな梨花のお腹にそっと触れた。


 向かい合って立つ、二人の間に風が吹く。

 凍りつくようにそれは冷たいのに、手のひらに触れた部分だけがあたたかい。

「幸也……」

 梨花の前で、幸也は唇をかみしめてうつむいた。

「やだなぁ、なんであんたが泣くの?」

「……泣いてないよ」

「泣いてるじゃん」

 梨花はおかしそうに笑うと、幸也の手を取り、優しく握った。

「あたし、本当に大丈夫だよ? もう決めたの。あたしがそう決めたの」

 梨花の声だけが耳に聞こえる。傘に落ちていた雨音は、いつの間にか消えていた。

 顔を上げると、梨花の後ろに何かが降ってきた。

 雪だ。

 冬の終わりの雪が、音もなく空から舞い落ちてくる。


「じゃあ」

 梨花が幸也の手を離し、小さく笑いかけた。

「うん……」

「もうっ! あたしが笑ってるのに、なんであんたは笑わないの? しっかりしなさいよ!」

 梨花に頬をつねられる。笑えと言われても笑えるわけないだろ?

「あんたは千桜ちゃんのことだけ、考えてればいいの。わかった?」

 梨花は幸也の頬をぺちぺちと二回叩くと、小さく手を振って背中を向けた。


 淡い雪の降る中を、梨花が黙って去って行く。

 橋を渡って、坂を上って、暖かい灯りの灯った、優しい家族の待つ家へ向かって。

「ダメだな……おれは」

 梨花の力になるどころか、慰められてる。所長はこんな自分のことを、認めてくれてたみたいだけど、それは大きな間違いだ。

 濡れないように、紙袋をジャンパーの中に押し込み、今来た道をひとりで帰った。

 公園を抜けてアパートを見上げると、薄暗い二階の部屋に、消えそうな影がぼんやりと映っていた。

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