13
外はみぞれのようなものが降っていた。
川沿いの遊歩道を少し走ると、梨花にはすぐに追いついた。
真っ赤なコートを着て、花柄の傘をさした梨花の背中に、幸也は小さく声をかける。
「……梨花」
梨花が黙ったまま立ち止る。そしてゆっくり振り返ると、傘の陰からじっと幸也のことを見た。
「梨花、あの……ごめん」
「あんた、そうやってすぐ謝るの、やめてくれない?」
そして一歩幸也に近寄ると、持っていた紙袋を押し付けた。
「謝れば何でも許されると思って……バカじゃないの?」
「だから、ごめんって……」
そう言いながら紙袋の中を覗き込む。中には見慣れた丸いおにぎりが入っていた。
「お腹すいてると思って作ってやったの。誕生日プレゼント。梅干しは入ってないから」
「……どうも」
梨花がぷいっと顔を背け、そのままゆっくりと歩き出す。
「梨花っ」
そのあとを幸也は追いかけて、紙袋を抱えながら梨花の隣に並ぶ。
「……千桜ちゃんは、大丈夫なの?」
前を向いたまま、梨花がつぶやいた。
「うん。大丈夫だって」
「そう……」
小さく答えると、梨花は持っている傘を、少し幸也に傾ける。
「突然押しかけて、酔っぱらって、きっとヘンな女だと思われたね?」
「そんなこと、ないだろ」
ふっと夜空に向かって、梨花が微笑む。
冬は終わりかけているというのに、今夜の空気は凍りつくように冷たかった。
ひとつの傘の中、言葉もなく、幸也は梨花の隣を歩いた。
言わなきゃいけないことがあるはずなのに、どうしてもそれが切り出せない。
「幸也……」
そんな空気を断ち切るように、梨花がぽつりとつぶやいた。
「あたし、決めたから」
「決めたって……何を?」
「赤ちゃんと、さよならするって、決めたから」
梨花が立ち止って幸也を見た。いつものように強気な視線で、真っ直ぐ幸也のことを見た。
「……おれも一緒に病院に行く」
「大丈夫。ひとりで行けるから」
「じゃあ車で送ってく」
「大丈夫だって」
梨花がくすくすと笑い出す。幸也はゆっくり右手を伸ばすと、そんな梨花のお腹にそっと触れた。
向かい合って立つ、二人の間に風が吹く。
凍りつくようにそれは冷たいのに、手のひらに触れた部分だけがあたたかい。
「幸也……」
梨花の前で、幸也は唇をかみしめてうつむいた。
「やだなぁ、なんであんたが泣くの?」
「……泣いてないよ」
「泣いてるじゃん」
梨花はおかしそうに笑うと、幸也の手を取り、優しく握った。
「あたし、本当に大丈夫だよ? もう決めたの。あたしがそう決めたの」
梨花の声だけが耳に聞こえる。傘に落ちていた雨音は、いつの間にか消えていた。
顔を上げると、梨花の後ろに何かが降ってきた。
雪だ。
冬の終わりの雪が、音もなく空から舞い落ちてくる。
「じゃあ」
梨花が幸也の手を離し、小さく笑いかけた。
「うん……」
「もうっ! あたしが笑ってるのに、なんであんたは笑わないの? しっかりしなさいよ!」
梨花に頬をつねられる。笑えと言われても笑えるわけないだろ?
「あんたは千桜ちゃんのことだけ、考えてればいいの。わかった?」
梨花は幸也の頬をぺちぺちと二回叩くと、小さく手を振って背中を向けた。
淡い雪の降る中を、梨花が黙って去って行く。
橋を渡って、坂を上って、暖かい灯りの灯った、優しい家族の待つ家へ向かって。
「ダメだな……おれは」
梨花の力になるどころか、慰められてる。所長はこんな自分のことを、認めてくれてたみたいだけど、それは大きな間違いだ。
濡れないように、紙袋をジャンパーの中に押し込み、今来た道をひとりで帰った。
公園を抜けてアパートを見上げると、薄暗い二階の部屋に、消えそうな影がぼんやりと映っていた。




