禁断の惑星
実はホラーイベントに出す予定でしたが間に合いませんでいた。
コズミックホラーものです。スペースバンパイアとか遊星からの物体Xのジャンルです。こういうホラーもいいかな、と。
遠い未来。人類が星間航行理論を手に入れてから半世紀。
人類は自らが住む銀河系を熱心に調査していた。荒廃してゆく母星の負担を軽減するために移住可能な星を探していたのだ。
惑星調査船ダーウィン号もその調査をある惑星で行っていた。
その惑星は移住に必要な条件を多く備えていて最も有望視されていた。
だが、なぜか調査を中断し帰還命令が出された。だが帰路に就いた調査船は亜空間跳躍航行に失敗し航行不能になったらしいのだ。地球から2000光年の彼方で彷徨う調査船の乗組員を救出するために救出チームが編成され、救出用の星間航行船が用意された。
徴用された救出チームのメンバーはいずれも経験豊富なアストロノーツであったが、ただ一人場違いな老人がメンバーに加えられていた。
チームの誰もが訝しんだがチームリーダーからある事実が知らされるとさらに困惑していった。
だが決定事項に反対意見は通るはずもなかった。
「全く謎だらけだ。航行不能の原因も不明。しかも調査していた惑星は惑星開発庁によって情報統制されている。一体何が起こったのか?」と船長は航海士に不安を吐露していた。
「未知の病原体ですかね?だったら防疫のために細菌学者や生物学者をメンバーに加えますね。あの老人を加える理由はないですね」
「そうだ。それが余計に不安をかきたてるのだ。なぜ彼なのか」
乗員の不安をよそに救出船は月の軌道から離脱して亜光速航行用エンジンに点火した。
亜空間跳躍航行に最適なポイントまで通常エンジンで航行するためである。
彼らは地獄の1丁目へと向かっていた。まだその事をただ一人を除いて知る由もなかった。
空調システムは完全に作動しているのに、吐き出す息が白くなる。寒い。温度計で摂氏マイナス50度となっている。本来なら25度で調整されているはずなのに、何らかの力が熱を奪っているのである。
「目標は貨物室Aから動かない。急行しよう」
船長は老人に声を掛けた。既に救出チームから二人が脱落していた。五人で漂流船に乗り込んでいったのだが、船長と老人と宇宙海兵隊員のみになってしまった。脱落したのはいずれも海兵隊員であり、隊長のみが残されたのだ。こんな事になるではなかった。武装したテロリストを相手にしているわけではないのだ。ただの調査員しか乗船していないはずなのに、一人はTレックス並の見えない恐竜のようなものに上半身を食いちぎられ、もう一人は突然全身を炎で焼かれたのだ。宇宙空間でも活動可能な防護強化服を着ていたにもかかわらず、である。
「魔法使いでもこの船に乗船しているとでもいうのか」海兵隊隊長は毒づいた。
「もっと凶悪です」と老人。「この船ごと全員ゲヘナに送れる実力の持ち主です、奴は」
「神よ。わたしが何をしたというのだ。おれはいい上官であり、よき父親だった。なのに俺はこんな暗い宇宙で地獄に落とされようとしている」
「ここは既に地獄の淵ですよ。神の光ははるか遠くにある」
「おいおい。神父さん。いくらあんたが神の司祭と言ってもこの宇宙が地獄だなんて迷信すぎる」
「では、貨物室にいるあれはなんです?あれが悪魔と言わずして何ですか」
「けっ。悪魔だろうが、宇宙人だろうが失った部下の敵を取らせてもらうぜ」と海兵隊隊長。
と、船長が手にしていた動態感知センサーが巨大な物体がこちらに近づいている事を告げた。
「またさっきの見えないTレックスか?」隊長は突撃銃を構えたがどこから来るのか分からず周囲を見回した。
神父と呼ばれた老人は瓶に入った水を三人の周囲に撒き始めた。
「効く、のか?神父さん」船長が訝しげにいをその光景を見ながら言った。
「神を信じよ」と神父。
三人の背後で野獣の悲鳴のような声が上がった。
そこには半透明の巨大な獅子のような獣がいた。
「こいつか。ちくしょう。喰らえ!」隊長が徹甲弾を野獣にフルオートで射ち込んだ。
半透明の体に銃弾が食い込み野獣はさらに咆哮した。
「当たった。どういうことだ?さっきは当たらなかったぞ」
「聖水で半実体化したせいだ。こいつはアストラルボディを汚されたのだ。今なら傷を負わせられる」
隊長は銃弾を顔面に集中させた。
堪らず野獣は逃げ出した。
床には黒い血のようなものが落ちていた。
「しばらくは襲ってこないだろう」と神父。「地獄の獣も手傷を負い再襲撃をかけるにも回復する時間が必要になった」
「なら今だな。急いで貨物室に急行しよう」
三人は貨物室に急行した。
その船員は中空に浮かび、頭を逆さにして両手を広げて十字架のように体を固定していた。
「逆さ十字。やはり悪魔か」
「グワアアアアアアアアアアア」船員は三人の姿を見て口から白い液体をこぼしながら叫んだ。
神父は聖水を振り掛け、聖書の一節を唱え始めた。エクソシズムだった。
悪魔に取り憑かれたらしい船員は身を捩らせて苦しみだした。
「愚かなり人間。我をその程度で追い払えとでも思っているのか」悪魔が神父に挑発するような口調で言った。
「恐れよ悪魔。いくら強がっても神には通用しない。聖水がお前の体を焼いているせいで苦しんでいるではないか」
「ふざけるな人間。我がお前たちに苦しめられることなどない」
その挑発に乗ることなく神父は聖書の言葉を悪魔に投げつけた。
更なる苦痛に悪魔は悲鳴を上げた。
「あ。空気が…」船長は船内の冷気が弱まった気がした。悪魔の力が神父の攻撃で弱まったというのか。
「お前の力が弱まってきているな。愚かなり地獄の罪人よ。このまま朽ち果てよ」
「ぐぬぬぬ…人間め」
既に5時間が経過していた。神父も精神力を消耗しきっていた。
「悪魔よ。その人間の体を放棄せよ。すれば今回は地獄への帰還を見逃してやろう」
「ふん。愚かな人間よ。お前も弱ってきているな。どちらが先に亡びるか試してやろう」
「愚かなり、悪魔。お前の名を私は知っている。その名を告げてお前を拘束し地獄の王がいるという氷の世界に突き落としてやる」
これには悪魔は動揺した。
「いつ知れた?お前はどうやってそれを知った?」
「門に記載されていたのだよ。あの門に」神父は倉庫の片隅に置かれていた石を削って作った門を指さした。「私は古代言語も読めるのだ」
「ぐぬぬ。お前もただでは済むまい。悪魔の名はそれ自体が呪詛。唱える者は等しく命を削る。今の衰弱したお前にはまさに生死を賭ける事になるだろう。それでもやるのか、愚かな人間よ」
「死を恐れる必要なし。私は神の使徒。我が魂は神の御許に往くであろう。ゆえにお前を滅ぼそう」
神父は悪魔の名を告げた。
これまでにない苦痛の雄叫びを悪魔は上げた。
「貴様。この痛み苦しみを必ずお前にも味わせてやる…」
悪魔は黒い煤のようなものとして口から鼻から漂い出てきた。その煤は中空に現れた黒い穴に吸い込まれた。
とその途端、神父は胸を抑えて倒れ絶命した。彼は命を引換にしたのだ。
その後航海は順調である。乗員は全滅。救出チームも三人犠牲者が出た。原因は機密扱いとなった。
元凶の石門は救出船に移され地球に持ち帰ることになった。
その門にはある文字が刻まれていた。それは古代の地球の楔文字に似ていた。
もし読める人間がいたらこう刻まれている事を知るだろう。
「この門の前に立つもの、一切の希望を捨てよ」
補足設定です。この物語では悪魔や神はクトゥルー神話的な存在にしてあります。
宇宙からきたということで。宇宙船内で悪魔払いをする話が作りたかっただけですが。




