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短編「白い運命」

済みません連載中っす

 「運命って、信じる?」

 彼女と出会った俺が、彼女から最初に聞いた言葉だ。はっきり言って胡散臭いことこの上ない、お伽噺のような出会い…だけど俺はその一言に、妙な懐かしさを感じた。

 白いワンピースを着て、白い帽子を被り、そして透き通りそうな白い肌…。

 何もかも白い彼女が、何にも染まらぬ真っ白な視線を向けてくる、俺がとっくの昔に失ってしまったモノが、そこにはあった。だから俺は…自分自身の希望を込めて…こう答えた。

 「信じて…みたい。」



 あれは…そう、蝉の喧しさと、日差しの煩わしさが五感を麻痺させるような…暑い夏の事だった。

 夏休み…。世間ではこの時期のことをこう呼ぶらしい、しかし俺には関係のないことだった。俺は万年夏休み、所謂ニートである。

 高校二年の秋、俺は交通事故で生死を彷徨い、半年間入院した。そのおかげで高校の単位が足りず、結局俺は留年ではなく退学を選んだ。

 それ以降、小さいころのことが全く思い出せなくなった…記憶障害、というやつである。

それから俺は、仕事もせずバイトもせず…ただ何かを探すかのように毎日ブラブラ…。

 そんなゾンビのような生活に、俺は俺が生きているのか、死んでいるのか…。それすらもわからなかった。なぜなら俺には思い出が半分もないから。俺には生の実感に大切な『記憶』が欠落していた。

 だからこそ、俺は毎日出かけるようにしている。失った自分を探すかのように。

 その日も、俺は近くまで原付で出かけて、夜までふらふらしてから帰る前にコンビニで夕食を買って帰るつもりだった。

 隅に原付を止め、コンビニの入り口に向かう途中で…気付いた。

 その…何もかも『白い』少女に…。

 既に日は落ち駐車場を照らすのは設置された水銀灯と、店舗から漏れる光のみ。だけどそんな薄暗い中でもその少女は、一際目白く、一際目立っていた…。

 歳の頃は…俺と同じくらいか。漆黒の長い髪が、腰の上まで伸びていて、同じ色の瞳に、それ以外は『白』という以外の表現が難しいくらいに真っ白だった。

 俺はその白さに、何か眩しさのようなものを感じて、目を逸らした。

 そういう眩しさは、俺の中にはなくて、その眩しさの前に立つと、俺のような闇は途端に消されてしまう…そんな気がした。

 しかし、そんな俺の思いなど知ったことではない、とでも言うかのように…。

 その瞬間は、唐突に訪れた。

 「運命って、信じる?」

 その少女が、話しかけてきた。

 初めは他の誰かに話しかけているのだろう…とか、電話でもしているのだろう…と思ったが、その少女の漆黒の瞳から放たれる視線は、間違いなく俺を捉えていた。

 正直、焦った。

 そんな風に赤の他人から話しかけられることなど無かったからだ。いや、憶えていないだけであったのかもしれないが、俺にはその記憶がない。もしそんな経験があったとしても、憶えていないのであればそれは未経験なことと同義である。

 そう、未経験の筈の俺の口から洩れた一言は、俺の意志の全くの外…しかし、その一言には俺の願いが込められていたのかもしれない。

 無意識に発したその言葉に、俺は何よりも重いものを感じた、きっとこの少女の光が、俺の中の、俺を見えなくしている闇を振り払ってくれる…そんな気がした。

 「信じて…みたい。」

 その少女は、俺の答えを聞くと、微笑んでから背を向けてコンビニの駐車場から去って行った。まるで、闇に光がかき消されるようで…少しだけ切なくなった。

 それが、少女と俺の出会いだった。


 彼女との再会は意外に早かった。

 最初に出会いを果たした日からわずか2日後のこと、俺はその日、近くのショッピングモール内のゲーセンで暇を潰していた。

 もう幾ら突っ込んだかもわからないクレーンゲームの前で、20分ほど粘っていた時のことである。

 「クッソ…幾らやっても立っては起きてを繰り返しやがる…。」

 筐体の中の景品との悪戦苦闘にもそろそろ嫌気が差してきたころだった。

 「貸して?」

 いきなり後ろから声を掛けられた。びっくりして振り返った俺は、さらにびっくりさせられた。

 …例の少女である。この前の恰好と同じ格好で、彼女は何時の間にか俺の後ろに立っていた。東郷さんなら殴られてるぞ…。

 ゲーセンには不釣り合いな恰好をした彼女は俺の立っていた場所に、俺を押しのけて無理やり割り込んできた。

 「ちょっ…。」

 彼女は百円玉を筐体に押し込むと、真剣なまなざしでクレーンを睨む。

 そして手元のボタンでクレーンを操作すると…。

 クレーンが見当違いの位置で止まった…かに見えたが、クレーンのアーム部分が景品の箱の隅っこを突いた。

 コロン、パンパカパーン

 景品が回転し、取り出し口へ吸い込まれていった。軽快なSEと共に…。

 「やった~!」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら彼女が隠す様子もなく喜ぶ、正直一緒にいる俺は恥ずかしかった。二つの意味で。

 「はい!」

 一つ、彼女があまりに真っ直ぐで、素直に喜んでいたから。

 「いいのか?」

 「もちろん!」

 そしてもう一つは、彼女に『手柄』を取られてしまったからだ。

 


 その後、俺は彼女と初めてちゃんと会話をする機会が与えられた。

 ショッピングモールのフードコートで、俺は彼女に食事を奢ることにした。先ほどのクレーンゲームのお礼…というのは口実で、彼女が何者なのか、非常に気になったからである。

 「いただきま~す!」

 「はいよ。」

 彼女はファーストフードのハンバーガーをモフモフと頬張っている、なんとなく…彼女のこういうところを見ていると見た目よりも幼く見えてしまう。

 「どうしたの?」

 「君さ…名前は?」

 すかさず本題に入った俺だったが、彼女はにっこり笑うと「そんなことどうでもいいじゃない!」なんて言いながらまたハンバーガーを頬張り始めた。

 「じゃあさ、この前の事…どういうこと?」

 「ん?…あぁ、コンビニでのこと?」

 「そう。」

 俺はこの前、彼女が何故俺に声をかけてきたのか…聞き出すことにした。

 「ん~…何て言うか…懐かしかったから。」

 「…懐かしかった?」

 …少し、ドキッとした。彼女を見たとき、俺も同じような感情を抱いたからだった。

 「うん、何かね…こう…胸があったかくなった…っていうか…これが、運命なのかなって…。」

 彼女はハンバーガーを咀嚼しながら言う。質問した俺が悪いが、食うか喋るかどっちかにしろ。

 「それで、運命を信じるか?なんて聞いてきたわけか…。」

 「うん。」

 彼女はそう言うと、ハンバーガーを半分ほど残し、今度はポテトに手を付け始めた。

 「運命…か。」

 運命…俺はその言葉に引っ掛かりを覚えた。その程度で運命と呼ぶのなら、これほど安っぽい運命もないのかもしれない。

 「でもね、『信じてみたい』なんて言われると思ってなかったなぁ…。」

 「なんでさ?」

 「だって、こーんな仏頂面で歩いてるんだもん、『信じない』って言われるかと思ったから…。」

 そういうと彼女は俺の顔真似だろうか、まるで機嫌の悪いブルドッグみたいな顔をして言った。俺はそんな顔した覚えはない、断じて。

 「…信じてみたりしたくなることもあるさ。」

 「ふ~ん。」

 彼女はそういうと、それ以上追及することもなく再びポテトとハンバーガーを頬張り始めた。

 そしてそのまま、何となく会話もなくなり、俺たちは少し遅い昼食を終えた。

 「ねぇ、これからどうするの?」

 「そうだな…俺はこのままいつも通り、ブラブラしてから帰るつもりだよ。」

 「そっかぁ…毎日そうしてるの?」

 「まぁ…できる限りはな。」

 「じゃあさ!私も明日から、それについて行っていいかな?」

 …はい?何を言ってるんだこの娘は。

 「いやいや、ついてきてもらうようなものじゃ…。」

 「明日!10時!この前のコンビニね!」

 それだけ言うと、彼女は俺に背を向けてスタスタとどこかへ消えてしまった…全く、勝手な女だ。

 俺はその名前も知らない彼女の傍若無人な態度に少し腹を立てながらも、心のどこかで少しほっとしていた。

 また彼女に会える、その事実が、俺の中に少しだけ暖かなものを運んでくれる、そんな気がした。

 まだ二回しか会っていないのに、何故かずっと一緒だった、そんな錯覚さえ…覚えた。



 次の日から、その白い少女との奇妙な自分探しが始まった。

 「遅い!もう十時だよ!?」

 …開口一番これである。

 「いや、十時って指定したのお前だろ…。」

 「男の子は、女の子を待たせちゃダメなんだよ?」

 「じゃあお前は何時に来てたんだ?」

 「八時くらい。」

 「早すぎだろうが!無茶言うな!」

 俺の起床時間じゃねぇか、と付け加えてから俺はどうしたもんかと頭を掻いた。毎日この調子でやられてたら流石にバツが悪い、しかし今更生活リズムを変えろと言われてもなぁ…。

 そんな感じで俺が細やかな葛藤を繰り広げていると。

 「さ、悩んでないでさっさと行こう!」…と、俺の原付の荷台に腰掛ける。おい、お前道路交通法の最低限の知識も無いのか、原付での二人乗りは違反だ。

 「気にしない気にしない♪」

 するだろフツー!…というツッコミも空しく、俺は結局…彼女のしつこさに折れて二ケツのまま原付を走らせた。



 しばらく原付を走らせていると、後ろから声を掛けられた。

 「ねぇ、今日はどこ行くの?」

 「河原の方へな…。」

 「え~!つまんない!」

 駄目出しの多い奴だ、俺じゃなかったらキレてるぞ。

 「じゃあお前はどこに行きたいんだ?」

 「お前じゃないよ!ちゃんと名前あるもん!」

 「名乗らなかったじゃねえか!」

 なんだかコイツといると疲れる…。

 「じゃあ好きなように呼んでいいよ?」

 結局名乗らないんかい…どうしたもんかと少し悩んだが、これしかないな…と、俺の脳裏に一つの単語が過った。

 「……白。」

 「しろ?」

 「そう、白、俺はお前のことを白って呼ぶ、異議は認めない!いいな?」

 「うん!いいよ!なんか可愛い…。」

 可愛い?自分で呼んでおいてなんだが、こいつのセンスは少しわからん…。

 「じゃあ私はお兄さんのこと、『ぶっくん』って呼ぶね?」

 「…はぁ?」

 「いっつも無愛想だから、ぶっくん!これでちょっとくらい可愛くなるでしょ?」

 …相手に異議を認めなかったのが少し悔やまれた。もちろん異議なんて認めてもらえないんだろうな…つーかぶっくんって……本当にコイツのセンスはどうなってやがんだ?

 「…で、結局白は何処に行きたいんだ?」

 「えーっとねー…ゲーセン!」




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― 新着の感想 ―
[一言] うぁー!! ものすごく謎だー!! 俺が今まで見た恋愛小説でも屈指の、謎入り小説だー!!
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