3話
「はあ。今日は本当に楽しかったわ」
「ご友人が出来てよかったですね。セレスティーナ様」
従者の声に微笑みながらセレスティーナは今日のお茶会を思い返していた。
カナリア・シュバイツ男爵令嬢は噂に違わない気さくな方だった。
アイリス・レンネル男爵令嬢は──。
「ふふ。思っていたより、ずっと可愛らしい方だったわね」
何度もぶつかった視線。その度にサッと視線を逸らしていて、あまり貴族の作法には詳しくないのか、終始緊張していた様子だった。
なのに、時たま遠くを見るような視線と、懐かしむように緑茶を嗜む凛とした姿。
「作法なんて関係なしに美しい人はいるのね」
セレスティーナは呟く。
馬車が屋敷に到着すると、従者に手を引かれて降りる。
すると、屋敷の中から怒号が聞こえてきた。
「お前の何を信用しろというのだ!?」
「お願いします! 話を聞いてください!」
──ああ、まただ。
連日言い争いをしている両親。せっかくいい気分だったセレスティーナは水を刺されたように感じた。
「せ、セレス。すまない。部屋に戻っていなさい」
「セレス! 待って! 違うの!」
懇願する母親を無視して、セレスティーナは小走りに自室へと戻っていく。
「──!」
屋敷の中に響く大声に、セレスティーナは耳を塞ぐ。
「アイリス……」
彼女は何かに苦悩するのだろうか。あの強い女性は、こんなことでは心が乱されないのだろうか。
「会いたいわアイリス」
――――――――――
「う、嘘だろ姉さん……?」
「頭痛いから……話しかけないで」
セレスティーナから送られてきた招待状。その運命の日に、何故かカナリアが熱を出した。
「ま、まさか行かないなんて言わないよな……?」
「伯爵令嬢と関係を持てるなんてこれ以上ない機会だったのに……無念だわ」
「あ、あのさ。だったら俺も行かなくていいよね? ほ、ほら? 体調崩した姉さんを看病するみたいな?」
「アレン」
「は、はい」
ベッドに寝転がったまま、熱に浮かされた顔でこちらを見るカナリア。
「──私のお化粧道具。使っていいわよ」
「ふざけんなバカ姉! 誰が行くか!」
「あ?」
「な、何でもありません姉さん。謹んで行ってきたいと思いますはい」
俺はそそくさと姉の部屋から退散する。その前に化粧ポーチを手に取って。
「うわぁぁん!」
泣きながらメイドを探す。したくもない女装をするために。
(くそ! 2年後にはこんな家におさらばして学園に行くんだ! それまでの辛抱なんだ!)
――――――――――――――――
ガーデイン伯爵家の屋敷は、うちの二倍じゃ利かない大きさだった。
これが本物の貴族の財力か。
「アイリス?」
圧倒されていると、隣を歩くセレスティーナに呼ばれる。
「あ、はい」
「もしよろしければ私の部屋でお話しませんか?」
今は女装しているとはいえど、本来は男だ。それが未婚の女性の部屋に入るなんて、バレたら前代未聞の大問題だ。
「はは。お話は外でも出来るではないですか? なぜセレスの部屋に?」
「あまり、外でしたくない話なんです。だめですか?」
見上げるセレスの瞳が潤んでいる。
「う……わ、わかりました」
「すいません。庭園は後で一緒に散歩した際にご案内しますから」
いや、その必要はない。別に花には興味もない。ただ、部屋に行きたくないだけ。
そんなことを思っていたら、急に辺りが騒がしくなった。
「おい!」
まだ声変わりしていないのか、やけに高い声で呼び止められる。
「あ……クロード様……」
(クロード!? セレスティーナの婚約者の王子!?)
セレスティーナに釣られて見ると、そこには白銀の髪の少年が立っていた。
「セレス! 探したんだぞ! ……その女は誰だ?」
「クロード様には関係ありません! それより、連絡も無しに訪ねてこられても困ります」
「何だと!? どうして王子である僕が誰かの都合を気にしなくちゃいけないんだ!」
「今日はこの方とお約束があるんです! だからお願いします……今日はお帰りください」
その言葉に、クロードは目に見えて怒りのこもった表情をする。ズカズカと近づいてきて、セレスの手を引っ張る。
乱暴な態度に、思わずクロードの腕を抑える。
「なんだお前は!?」
やってしまった、と思ったが仕方ない。
「失礼しました王子殿下。私の名前はアイリス・レンネルです。セレスが痛そうなので離していただけますか?」
「うるさい! たかが女の分際で俺のやることを阻むというのか!?」
キンキンと耳に響く大声。あまりに煩い。
「あら。王子は正しい女性の扱いというものを知らない様子ですね。伯爵令嬢にこんなに乱暴な真似をするとは……伯爵はご存じなのですか?」
「うっ……」
セレスティーナは父親であるガーデイン伯爵から溺愛されている。伯爵は高位貴族の中でも国王とは近しい存在だ。
「婚約者とはいえど、何をするにも一度お伺いを立てるというのは貴族のマナー。間違っても、このように腕を引っ張るなんて真似はしてはいけません」
「俺に説教するのか!?」
「いいえ。全ての貴族の上に立つ王族に、説教などできませんよ。ただ、王子にマナーを教える教師は解雇した方がよろしいかと。まるで身についておりませんので」
俺の言葉にクロードは顔を真っ赤に染める。
(はっはっは。ざまあみろ)
俺はこのクロードというキャラが嫌いだ。王族らしい傲慢さと言えば聞こえはいいが、原作アニメでは聖女視点で見てても目に余るシーンがよくあった。
顔だけはいいのと、聖女には絶対服従であるため何とかキャラの好感度を保っているという危ういバランスの上にいるキャラなのだ。
「お、お前……」
「はい?」
「決闘だ!」
ん?
「決闘というのは、剣を打ち合い、最後まで立っていたものが勝ちというアレですか?」
「いけません王子!」
クロードの側近が慌てて止めに入る。
「放せ! 名誉を汚されたんだ! 俺は必ずこの女と決闘する!」
「ダメです! もし勝っても貴族令嬢に決闘を挑んだなんて知られたら、社交界で噂になりますよ!」
「うるさい! やるといったらやるんだ! それに代理人を立てればいいだろ!?」
本当の馬鹿だ。王子という身分でありながら、こんな白昼に、しかも女装している俺に決闘を申し込むとは。
「あ、アイリス……?」
不安そうなセレスティーナ。その腕に赤い手の跡がついてるのを見て、不憫さに思わず顔を背ける。
「わかりました。いいでしょう。ただし、条件があります」
「条件だと……? 女のくせに」
なんていう問題発言をするんだこの王子は。
世が世なら炎上だぞ。
「ええ。あなたが勝ったら、私はなんでも言うことを聞いてさしあげましょう。ただし、私が勝ったら……」
どうしよう。
ただ決闘するのは利がないから条件を持ち出したが、あんまりクロードにお願いしたいことがない。
「勝ったらなんだ! さっさと言え!」
「あー……でしたら、二度とセレスにこのような無礼な真似はしないとお誓いください」
「アイリスっ……!」
目に涙を溜めるセレスティーナが、俺を見る。
どうしよう。気まずい。
「ふん。いいだろう。万に一つも俺が負けることはありえないからな。それで、お前は代理人を使うのか?」
「いえ。私がお相手しましょう」
「はっ。馬鹿が。俺が勝ったら無様に靴を舐めさせてやる!」
それは既に姉にやらされてるから、あんまり効かないんだけど。
「いいでしょう。私が勝ったらセレスに謝罪して、二度とこのような無礼は働かないと誓っていただきます」
一度こういう騎士の誓いをたてた決闘をしてみたかった。
だが、その嬉しさが、女装していることと、セレスティーナを守るためであるのが残念で堪らない。
――――――――――――――――
乱暴に打ち付けられる剣を受け流す。簡単に軌道が逸れて、クロードは地面に倒れ込む。
「くそっ! まだだ!」
そういえばクロードって運動音痴だったな、と思いながら欠伸混じりに剣を防ぐ。
「どうしてだ!? なんで当たらない!」
眠たすぎる。これが本当に決闘なのか。
ちらりと横目に見ると、王子の側近がオロオロしているのが視界に入った。
(流石に怪我させるのは良くないよな)
「うおりゃあ!」
大上段から振り下ろしてくるクロードの剣、その遅すぎる攻撃に大して、俺は剣の脆い部分を狙って突きを放つ。
衝撃と共に剣が折れ、クロードは尻餅をついた。
「な、そんな」
「勝負ありですね」
クロードの首筋に剣を当てる。呆然としたまま俺を見上げるクロード。泣きそうなその顔を見てると、喋ってなければイケメンだなと場違いな感想を抱く。
「こ、こんなの、嘘だ! お前、不正をしてるだろ!?」
「不正? 両者の剣は決闘前に王子の護衛が検めていたでしょ? それに、何度やっても結果は同じですよ。あ、マナーの教師だけじゃなくて、剣術の教師も解雇することを進言いたしますわ王子」
「う、うう」
「ぷっ……失礼。それでは王子。セレスに謝罪と、今後このような真似はしないことを誓ってください」
「な、なんで俺が」
「王子。誓ってください」
クロードはブルブルと震えながら、何度も俺とセレスティーナを交互に見る。
「うう……セレスティーナ……すまなかった。これからは、このような真似はしないと誓う。これでいいんだろっ?」
「はい。上出来です」
「くそっ!」
クロードは泣きながら地面に拳を叩きつけている。
それがあまりにも可哀想で、俺は大人気ないことをしたなと反省した。
だから、クロードの手を取って立たせてやる。
「王子。手を怪我してしまいますよ。大事なお体ですからご自愛ください」
「……」
「それと、過ちを認めて謝罪できる王子はきっといい君主になられます。ですから、あまり気を落とされないで」
王子は俯いていたまま黙り込んでいた。だから、顔を覗き込むようにする。
「王子?」
「っ……!? お、お前なんなんだよ!? ちくしょう!」
俺の手を振り払い、王子はずかずかと側近を連れて屋敷を出て行った。
随分と真っ赤な顔をしていたが、そんなに女に負けたのが悔しいのだろうか。




