2話
「アレン様。お客様がお見えになりましたよ!」
3日、という時間はこんなにも短いものか。
「大丈夫、大丈夫……俺は大丈夫」
「あの、アレン様? あまり爪を噛まれない方が……」
後ろから覗きんでくるメイドを見て、俺は鼻で笑った。
(お前はいいよな。何も関係ないから)
屋敷では箝口令と口裏合わせが行われた。
その内容はこうだ。
うちの家名であるシュバイツ家は、アレンという一人息子がいる。だが、アレンは今、体調を崩して別荘に療養中である。
そして、遠い男爵家から来た令嬢を滞在させている。
アイリスはカナリアの妹分であり、シュバイツ家とも交流があるレンネル家の一人娘である。
レンネル家は実際にある名前らしい。
何故か預かり知れぬところで問題が大きくなっている気がするのは気のせいだろうか。
俺の両親もなんだか乗り気で、たった一晩だけパーティに現れたアイリスという令嬢の設定を考えるのが楽しくて仕方がない様子だった。
(これがバレたらうちもやばいんだぞ!?)
まるで他人事のような両親や使用人の態度に怒りしか沸かない。
「はい。終わりましたよ」
「あぁ……ありがとう。そしてさようなら。もし俺が伯爵家を騙した罪で処刑されたら、1日1回は墓参りしてくれ」
「ふふ。大袈裟ですよアレン様。あ、違った。アイリス様!」
「……喧嘩売ってる?」
使用人にも舐められる始末である。
鏡を見ると、そこには美少女が写っていた。
眠た気なタレ目は優しそうな雰囲気で、なのに鮮烈な青い瞳は意思の強さを思わせる。アンニュイな雰囲気に、水色のドレスがよく似合っている。
「凄く綺麗ですよ。アイリス様」
「はは……」
いや、断じて嬉しくはないのだが。綺麗と言われてムズムズするのは仕方がないだろう。
「それじゃ、髪飾りは白いリボンにしましょうか」
「もう、好きにしてくれ」
――――――――――――――
「あんたは私の友人って設定なんだからヘマすんじゃないわよ?」
「はい……」
姉に釘を刺されながら待っていると、馬車の扉が開いた。
そこから従者に手を貸された女の子が降りてくる。
「本日はご招待いただき誠にありがとうございます。ガーデイン伯爵家の娘、セレスティーナ・ガーデインと申します」
見事なカーテシーにぼうっとしてると、同じように腰を曲げた姉に脇腹を殴られる。
「会える日を今か今かとお待ちしておりました。ガーデイン伯爵令嬢。私はカナリア・シュバイツ。そして、この子がアイリス・レンネルでございます」
「ど、どうも。ご紹介に預かりました。アイリスです。会えて嬉しいです」
血の涙を流しながらカーテシーすると、セレスティーナは口元に手を当ててコロコロと笑った。
「私もこの日を心待ちにしておりました。お土産もございましてよ」
「それはありがとうございます。では私の部屋か、中庭か。どちらでお茶をいたしましょう?」
「今日は天気がいいので、外でしたいです。お二人もそれでよろしいですか?」
「はい」
「うい」
「?」
今度はつねられた。
(痛い痛い! 肉が裂ける!)
「それではどうぞこちらへ」
「はい。ありがとうございますシュバイツ男爵令嬢」
「お気軽にカナリアとお呼び下さい。アイリスも呼び捨てでいいですよね?」
ジロリ、と向けられた姉の視線に震えながら頷く。
「わかりました。それではカナリアさん。アイリス様とお呼びさせていただきます」
ん?
「わ、私は男爵家の娘なので、様付けは」
「──どうぞ好きにお呼び下さい。では、ガーデイン伯爵令嬢。行きましょう」
これ、俺が悪いのか?
姉の突き刺さるような視線に胃が痛くなってくる。
――――――――――――――
「そうだったのですね。アイリスが令嬢を助けたなんて」
「ええ。とても格好良かったです……私、あんな気持ちになったのは初めてで」
二人の会話を緊張しながら聞いている。
やばい。汗でメイクが落ちそうだ。
「これは王家にも下賜されるお茶です。東大陸のお茶なのですが、とても香りが豊かだと聞きました。助けていただいたお礼にお一つ差し上げます」
セレスティーナの従者が壺に入ったお茶っ葉を見せてくる。
「あれ? これってもしかして緑茶ですか?」
「あ、はい。よくお分かりになられましたね。アイリス様はお茶にも造詣が深いんですね!」
「あ、いや。はは」
「あなたそんな事知ってたのね。ふーん」
姉の視線が怖い。
いや、確かに男の俺が知ってたらおかしいのはわかる。けど、緑茶の葉なんて久しぶりに見たんだからテンションが上がってしまっても仕方がないだろう。
目の前のカップに注がれる緑茶。
懐かしい香りだ。
「あ、茶柱が立った」
「茶柱?」
セレスティーナの好奇心が覗く視線に、俺はあたふたと説明を始める。
「え、ええ。茶葉の茎が真っ直ぐ浮くことを言うんです。あまり起きなくて幸運の象徴だとか」
その言葉に、セレスティーナやその従者も目を丸くする。
「本当に色んなことを知っているんですね。それにしても幸運……つまり私とアイリス様が出会えたことが幸運って事ですよね? ね? そうですよね!?」
加速度を増したように声が大きくなるセレスティーナ。
──怖い。
「こう見えてアイリスは意外と博識なんですよ。私も昔、アイリスに計算を教えてもらったことがあって」
「計算も出来るんですね……まさか女性なのに後継者教育を受けてらっしゃるのですか?」
「あ、あはは。いえいえ。単なる趣味ですよ。はは……」
「はあ……本当にアイリス様は凄いです。知れば知るほど、もっと貴女のことが知りたくなってきます。アイリス様は今、おいくつなんですか?」
「お、じゃなくて。私は15歳です。ガーデイン伯爵令嬢」
それを聞いてセレスティーナの表情が輝くような笑顔になる。
「私は14歳です。それでしたら、私、アイリスお姉様とお呼びしたいです……だめですか?」
「ははは。そんなの──」
駄目に決まってるだろ、と切り捨てようとした時、横に座る姉の方からピシッという音がした。
ゆっくりと振り向くと、姉が持ち上げているカップの持ち手にヒビが入っている。
ゴリラか?
「そんなの?」
「い、いいに決まってるじゃないですか! け、けど、私はできればガーデイン伯爵令嬢とは対等の関係でありたいと思っています。ど、どうですか?」
「わあっ……! 嬉しいです。でしたら、私のことはセレス、と呼んでください。私もアイリスと呼びます!」
姉だけでお腹いっぱいなのだ。そこに妹など俺を殺す気か。
「はは。はい。セレス」
名前を呼ぶと、セレスティーナは銃弾を受けたようにのけ反る。
顔から湯気が出そうなほど真っ赤に染めているその様は、高熱があるように見えた。
「あ、ああ……」
「だ、大丈夫ですかセレス!? もしかして熱があるのでは?」
慌ててセレスティーナの額に手を当てる。確かに温度は高めだが、熱があるとまではいかなそうだ。
男爵家に行ったら倒れたなんて噂が広まったら、社会的に死ぬ。
「ち、近すぎます。私たちまだ知り合ったばかりなのに……」
「え?」
「これって……私たちはもう友達以上って事ですよね? そういう事でいいんですよね?」
潤んだ瞳で俺を見上げるセレスティーナ。
「はは……えっと? それはどういう?」
「は、すいません。気が急いてしまって。それより、次は私の家に招待いたしますわ。よければカナリアさんとご一緒に来てくださらない?」
「勿論です」
「え? いやだけ──」
姉に足を踏まれて悶絶する。テーブルの下で起こった出来事に、セレスティーナは首を傾げる。
「よ、喜んでっ」
「わあ! 突然お友達が二人も出来て凄く嬉しいです。さっきのアイリスの話は本当ですね。今日は幸運の日です」
カップを持ち上げてニコニコ笑うセレスティーナ。
俺は自分の足を気にしながら、この状況の危うさに対策を打たなければと決心した。




