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私の彼氏が世界最強の重力使いな件について

作者: merimeri
掲載日:2026/02/12

 深夜のファミレスは、まばらな客しかいなかった。時計を見ると午後十一時を回ったところだ。窓の外には夜の闇が広がり、時折車のヘッドライトが流れていく。店内には有線放送の音楽が静かに流れ、奥の席では大学生らしきグループがだらだらと喋っている。


 私は窓際の席で、向かいに座る彼氏の様子を伺っていた。彼は今夜、妙にそわそわしている。メニューをいじったり、水を飲んだり、また水を飲んだり。落ち着きがない。注文したドリンクバーのコーラは、すでに氷だけになっていた。


 付き合って三年。大学の同じサークルで出会って、卒業後も付き合い続けている。そろそろ結婚も視野に入れている二十代の私たち。彼がこんなに緊張しているのを見るのは、告白の時以来かもしれない。


「あのさ」


 彼が口を開いた。その声は少しかすれていた。


「そろそろ結婚を申し込みたいと考えているのだけれども」


 私の心臓が高鳴る。ついに来た。手のひらに汗がにじむ。


「実はお前に黙っている秘密がある。それを告白したい」


 え?


 彼の表情は真剣だった。眉間に皺が寄り、唇を噛みしめている。何か重大な決意をした時の顔だ。


 ああ、やっぱり。まあ、薄々感づいてはいた。ここ数ヶ月、なんとなく言い出しにくそうにしていたから。視線を外したり、話題を変えたり。何か後ろめたいことがあるのは分かっていた。


 借金だろうか。それとも、たちの良くない親戚がいるのだろうか。実家とは疎遠だと言っていたし、もしかして複雑な家庭環境なのかもしれない。


 でも、まあどっちにしても、私は彼と結婚したいと思っている。多少の借金なら二人で返せばいい。親戚の問題だって、一緒に向き合えばいい。


 覚悟を決めて、私は彼の言葉を待った。深呼吸をして、彼の目を見つめる。


「実は俺は重力使いなんだ」


 私の思考が一瞬止まった。


 おおっと、予想外のが来たな。


 借金? 親戚? そんなまともな悩みじゃなかった。彼氏は自分が超能力者だと思い込んでいるらしい。これは想定外だ。完全に。


 頭の中で、すぐに次の行動を考える。さて、評判のいい心療内科はどこだろうか。駅前に新しくできたメンタルクリニック、評判良かったっけ。それとも大学病院の精神科の方がいいだろうか。


「信じてないな」


 彼が私の表情を読み取って、少し傷ついた顔をした。肩を落とし、テーブルに視線を落としている。


 ああ、まずい。傷つけてしまった。でも、重力使いって……。


「あなたが自分をそうだと思ってることは信じてるよ」


 私は優しく微笑んだ。できるだけ柔らかい声で、彼を受け入れる姿勢を示す。大丈夫、妄想があっても一緒に生きていける。愛してるから。


「いや、妄想とかじゃないんだが」


 彼が眉をひそめて言った。真剣な顔だ。本気で信じている。これは思ったより深刻かもしれない。


「大丈夫。妄想は直さなくても日常生活はできるから」


 私は穏やかに答えた。彼の手を取ろうと手を伸ばす。


「いや、マジなんだよ。証拠見せるから」


 彼はそう言うと、私の手を取る前に、両手を前に出した。手のひらを向かい合わせにして、その間に何かを作るような仕草をする。


 瞬間、その手と手の間に、何か黒い点のようなものが現れた。


 空間が歪んでいる。そんな感覚がした。光が吸い込まれているような、奇妙な違和感。そして次の瞬間、テーブルの上にあった紙ナプキンが、音もなくするすると吸い込まれていく。


 まるで見えない掃除機があるかのように。いや、それよりも不思議な光景だった。ナプキンは黒い点に触れた瞬間、消えた。跡形もなく。


 私は目を見開いた。口が半開きになる。


「面白い手品だね」


 動揺を隠すように、私は軽い口調で言った。でも声は少し震えていた。


「お前さー!」


 彼が声を荒げた。テーブルを軽く叩く。その音に、周りの客がちらりとこちらを見る。大学生グループの一人が、一瞬会話を止めてこちらを見た。


 彼は慌てて声のトーンを落とした。


「嘘嘘、本当に重力使いなんだね」


 私は観念した。あの現象を、手品で説明するのは無理がある。仕込みをする時間もなかったし、何より彼はそんな器用なことができるタイプじゃない。


「信じてくれたか!」


 彼がほっとした表情を浮かべる。肩の力が抜けて、少し前のめりになった。


 私は少し考えてから聞いた。頭の中で情報を整理する。重力使い。超能力。非日常。でも彼は今まで普通に生きてきた。ということは……。


「信じるけどさ、それは何の役に立つわけ?」


 実用性を聞いてみる。これは大事だ。結婚生活には実用性が必要だ。


「えっと、敵を倒す、とか?」


 彼が少し考えてから答えた。その答えに、私は内心でずっこけた。


「いるの? 敵?」


「いや、もういないと思う。ちょっかいかけてくるやつは全部倒したから」


 彼は自信ありげに答えた。胸を張っている。


 なんか脳筋な答えが帰ってきたぞ。もっとこう、世界平和とか、人助けとか、そういう崇高な理由を期待してたんだけど。


「え、ひょっとして伝奇バトル的なやつ。そういう世界の住人なわけ?」


 私は確認する。もしかして、私の知らないところで、異能力者同士の戦いとか繰り広げられてるんだろうか。裏社会的な。


「いや、そういう非日常から距離を置いた」


 彼がさらりと答えた。


「なら、まあいいか」


 私は肩をすくめた。非日常に関わってないなら、まあ普通の生活は送れるだろう。


「軽いなあ、お前」


 彼が呆れたように言った。


「ゴミ処理とかに使えそうだよね」


 私は実用的な使い道を考えた。あのブラックホール、生ゴミとか吸い込めたら便利じゃない? ゴミ袋買わなくて済む。


「非日常を日常生活に便利そうに使うな」


 彼は苦笑しながら、スマホを取り出した。画面を見て、何かを考えている様子だ。


「受け入れてくれると言うなら、会わせたい人がいる」


 電話をかける彼。短い会話だった。「今いいか?」「ああ、彼女が受け入れてくれた」「すぐ来られる? ありがとう」。それだけ言って、彼はスマホを置いた。


「その人、近くにいるの?」


「ああ、いつも俺を監視……じゃなくて、サポートしてくれてる」


 監視って言いかけたぞ、今。


 それから五分も経たないうちに、ファミレスの扉が開いた。




 入ってきたのは、目が覚めるような美女だった。


 いや、本当に目が覚めた。眠気が一気に吹き飛ぶレベルの美人。長い黒髪をポニーテールにまとめて、黒いスーツを着ている。でもそのスーツが、体のラインを強調していて、どこか色気が漂っている。身長は170センチくらいだろうか。モデルみたいなスタイルだ。


 そして何より──


 乳でっか。メロンでも入ってんのか。


 スーツの胸元が、明らかに主張している。これは反則だ。女の私から見ても目のやり場に困る。


 美女はこちらのテーブルに向かって、ヒールの音を響かせながら歩いてくる。大学生グループの視線が、一斉に美女に向いた。何人かが口をぽかんと開けている。


「受け入れてくれるって!? あなたの彼女、すごいわね」


 美女は開口一番、そう言った。声は明るく、少しハスキーだ。そして私の方に視線を向けて、にっこりと笑った。


「あのー」


 私が口を開きかけると、美女は私の隣の席に滑り込んできた。近い。すごく近い。いい香水の匂いがする。


「申し遅れました。内閣調査局超常現象対策室室長です」


 美女は名刺を差し出した。確かにそう書いてある。肩書きが長い。そして所属が怪しい。


 うわあ、伝奇っぽい。本当にそういう世界があるんだ。


「こいつと日本政府との橋渡しをしてます。よろしくお願いします」


 美女は彼氏を指さして言った。


「こいつとか言うな。馴れ馴れしい」


 彼が抗議する。でも慣れた様子だ。いつものやり取りなんだろう。


「いいじゃない、あなたと私の仲でしょ。色々揉み消したり、あなたの戸籍も用意してあげたでしょう」


 美女はくすくすと笑った。戸籍を用意? それってどういうこと? 彼氏、元々戸籍なかったの?


「仲よろしいんですね」


 私の声が、少し棘のあるものになっていた。自分でも分かる。嫉妬だ。この美女と彼氏は、私の知らない特別な関係がある。


「腐れ縁だな」


 彼が肩をすくめて答えた。


「戦友みたいなものね。ちなみに私は電気使いです」


 美女はそう言って、右手を上げた。そして人差し指と中指の間に、青白いスパークを走らせた。バチバチという音が、静かな店内に響く。


 また大学生グループが、こちらを見た。今度は全員が注目している。美女は気にせず、スパークを消した。


 しかし、エロいねーちゃんだな。顔も良し、スタイルも良し、超能力者。完璧じゃないか。


 私、女としてこの美女に勝てるとこあるんだろうか。胸のサイズは完敗だし、顔だって向こうの方が上だ。身長も負けてる。唯一、年齢では勝ってるかもしれないけど、それも怪しい。


「どうした?」


 彼が心配そうに私を見る。私が黙り込んでいるからだ。


「いい女だなって」


 私は正直に答えた。隠しても仕方ない。


「ありがとっ」


 美女が無邪気に笑った。その笑顔がまた可愛い。


 うわっ可愛い! ずるい! 美人で巨乳で超能力者な上に、笑顔まで可愛いとか、神様は不公平だ。


「察してあげなさいよ。私とあんたとの間を疑われてんのよ」


 美女が彼氏に言った。肘で軽く突く。


「こいつとは男女の関係は全然ないぞ。信じてくれ」


 彼が慌てて弁解する。両手を上げて、必死の形相だ。


「そそ、私は振られたから」


 美女がさらりと爆弾発言をした。


「おいっ!」


 彼が慌てて美女を制止しようとする。手を伸ばしたが、美女はひょいと避けた。


 私は少し安心した。振った側なら、まあいいか。つまり彼氏は、この美女を選ばなかったということだ。それなら私にもチャンスがある。というか、もう付き合ってるんだけど。


「私はね、とても嬉しいのよ。彼にあなたみたいな日常との絆ができて」


 美女は真剣な表情になった。さっきまでの明るさが消えて、どこか寂しげな目をしている。


「そうじゃなかったら、いつか世界を滅ぼす魔王みたいな存在になるかもしれなかったし」


「なるんですか?」


 私は思わず聞き返した。魔王って。中二病的な表現じゃなくて、本気で言ってる?


「なるなる。才能もあるし、今世界でこいつに勝てるやついないし」


 美女は断言した。その目は嘘をついていない。


「へ、本当に?」


「世界最強よ。私が知る限りはね」


 世界最強。その言葉が、妙にリアルに響いた。


「まあ、そう言われてはいる……」


 彼が少し照れくさそうに答える。顔を赤くして、視線を外している。


 世界最強。私の彼氏が。信じられない。でも、目の前で重力を操る姿を見た。ナプキンを消した。もしかしたら、本当に世界最強なのかもしれない。


「世界最強彼氏……ラノベのタイトルみたいですね」


 私は思わず口に出した。


「はっはっはー! これ聞いてそれ言える、あなたすごいわ!」


 美女が大笑いした。テーブルを叩いて、体を揺らして笑っている。涙まで浮かべている。そんなにツボに入ったのか。


 彼は顔を真っ赤にして俯いていた。耳まで赤い。恥ずかしいんだろう。可愛いやつ。


「ふう、久しぶりに笑った」


 美女は涙を拭いて、立ち上がった。


「こいつをよろしくお願い。世界最強だけど、いいやつだから」


 美女は私の肩をぽんと叩いて、そう言った。その手は温かかった。


「仕事途中だから、これで失礼するわ。またね」


 美女はそう言い残して、颯爽とファミレスを出て行った。ヒールの音が遠ざかっていく。扉が閉まる。




 店内に再び静寂が戻る。大学生グループが、まだこちらをちらちら見ている。


 私たちは向かい合って座っていた。彼は相変わらず顔を赤くしている。


「他に秘密はある? 借金とか変な親戚とか」


 私は話を戻した。まだ確認すべきことがある。


「いや、借金はないし、そもそも結構金持ちだし。天涯孤独だし」


 彼が答えた。金持ち? それは初耳だ。


「そっ。で?」


「で、とは?」


 彼が首を傾げる。


「他に言うことがあるんじゃないの?」


 私は彼の目を見た。プロポーズ、まだだよ?


 彼ははっとした表情になった。口を開けて、何か言おうとして、また閉じる。深呼吸をする。そしてもう一度深呼吸をする。緊張しているのが分かる。


 私の心臓も高鳴る。手のひらが汗ばむ。


「ああ、その、つまり………」


 少し間が空いた。彼は意を決したように、私の目をまっすぐ見つめた。その瞳は真剣で、優しくて、少し怯えている。


「結婚してください」


 その声は、少し震えていた。でもはっきりと聞こえた。


「はい、喜んで」


 私は即答した。迷いはなかった。


 世界最強の重力使いが、私の婚約者。ちょっと変わってるけど、まあいいか。ゴミ捨ても楽になりそうだし。それに何より、彼は優しい。私を大切にしてくれる。それで十分だ。


 彼は安堵の表情を浮かべて、テーブル越しに私の手を握った。その手は、少し震えていた。手のひらは汗ばんでいる。緊張していたんだ。


 かわいいやつ。


 私も彼の手を握り返した。温かい手だった。


「ありがとう」


 彼が小さく言った。


「こちらこそ」


 私は微笑んだ。


 窓の外を見ると、夜空に星が瞬いていた。少し曇っているけど、いくつかの星が見える。


 これから、この人と人生を歩んでいく。世界最強の重力使いと。普通じゃない人生になるかもしれない。でも、きっと退屈はしないだろう。


 私たちは手を繋いだまま、しばらく黙って座っていた。店内には相変わらず有線放送が流れていて、大学生グループは再び喋り始めていた。


 普通の夜。でも、私たちにとっては特別な夜。


 ファミレスのコーヒーを飲みながら、私は幸せを噛みしめた。


**おしまい**

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