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第21話 「色のつく夜」

19〜20話で深まった空気が、

少しだけ現実に引き戻される夜になります。


触れあった直後の静けさ、

言葉にならない感情、

離れた瞬間に立ち上がる余熱。


ふたりの関係が “名前のないまま進む” 回です。

ゆっくり読んでいただければ嬉しいです。


着信音が、部屋の空気をふっと切った。

エリーは画面を見て、わずかに眉を寄せる。

フランスの番号だった。


「……仕事だ」


声はいつも通りで、

それなのに、どこか遠い場所へ引かれていく響きがあった。


「少し確認して、折り返す。一度、ホテルに戻る」


すいは静かに頷いた。


「……ぼくも、少し歩くよ」


説明ではなく、ただの選択。

夜には、それだけで十分だった。


外に出ると、冷えた空気が頬に触れる。

都会の光が、遠くでざわめいている。


別れ際、翠は一歩だけ近づいた。


ほんの一瞬迷ってから、そっと腕をまわす。

抱きしめるほどではなく、

逃げ道を残す、短い抱擁。

頬が自然に寄り、その近さだけが、確かな温度として息をした。


「……また、会いたい」


低く、揺らぎのない声だった。


エリーはわずかに固まり、

それから、抱きしめ返す腕に静かな熱をこめた。


「……ああ」


短い返事を残し、足早に夜へ滲んでいく。

姿が角を曲がって消えるまで、翠は立ち尽くしていた。


夜の色が、ゆっくりと戻ってくるのを感じながら。

 

歩き始めると、街の音がいつもより柔らかく聞こえた。

車の音、人の声、風の抜ける気配。

その全部が、胸の奥のあたたかさと混ざり合う。


落ち着いている。

けれど、高鳴っている。

名前をつけなくても、わかる感情。


ただ、また会いたい。

それを抱いている自分が、ひどく自然だった。


東京タワーが、いつもより近く見えた。


翠はベンチに腰を下ろし、

無意識に携帯を手に取る。

ライブ配信アプリを開くまでに、ほとんど迷いはなかった。


口笛で、短い旋律。

夜に溶ける、細い音。


それから、囁くように歌う。


 ふれた君のくちびるが

 やわらかくてあたたかい

 耳もとで落ちた声が 

 胸の奥をそっとゆらす


ほんの数行。

技術より、息の温度が残る歌だった。


コメントが流れ込む。


――本人?

――どこ!?

――まだ東京?


翠ははっとして顔を上げる。


「……まずい」


外だった。

慌てて配信を切り、立ち上がる。


それなのに、歩き出す足は軽かった。


以前の自分なら、こんなふうに衝動で歌うことなどできなかった。

けれど今は、隠すより、抱きしめたい気持ちがあった。


夜の中を歩きながら、翠は思う。


この鼓動も、この高鳴りも、抱いたままでいい。


それを大切にできることが、ただ、嬉しかった。


——つづく


お読みいただきありがとうございました。


今回は、行為に進むのではなく、

“離れることで深まる” 感情の回でした。

静けさの中に残る温度、

ふたりの距離の変化を丁寧に描いています。


次話では、エリー側にも新しい動きがあります。

また読んでいただけたら嬉しいです。

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