一章 白昼の略取-1&登場人物表
↓↓↓困ったときの登場人物表なので読み飛ばして問題ないです↓↓↓
〈序盤で多少役に立つ登場人物表〉
◇李翰:小説家。主人公。庶人。突然、麟国の後宮に住むことになる。性格はビビり。慣れない後宮で四苦八苦する。
【以下、麟後宮の公主たち】
◇辰霊景:星躔家。後宮での役職:礼部尚書その1。居宮:望舒宮。気難しい性格。人と対等に仲良くするのが苦手。
◇曹俊録:水廌家。後宮での役職:刑部尚書。居宮の俗称:刑宮。プライドの高い大富豪ガール。贅沢大好き。
◇司馬戦:戎家。後宮での役職:兵部尚書兼、工部尚書。居宮の俗称:兵・工宮。実直な将軍。室内でも馬に乗ってる。
◇莫谷神:胡蝶家。後宮での役職:麟後宮の筆頭公主(=華公主)。吏部尚書。居宮:游仙宮。年齢不詳感のある後宮統率者。
◇桑盈升:耕穡家。後宮での役職:戸部尚書。居宮の俗称:戸宮。農婦。この世のお金は全部自分のものだと思っている。
◇庸子彬:脩身家。後宮での役職:礼部尚書その2。居宮の俗称:礼宮。カタブツ先生。礼儀に反する奴を憎む。
◇鬼締:衡交家。廃人。
◇浩蕩王:洪均世界を半統一した麟国のシゴデキ王。
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麟の市で営業中だった李翰は、突然、麻袋を被せられて前後不覚に陥った。
略取だ。乱世なのでしょうがない。
蘭の油が落とされた浴槽に押し込まれ、軽石で体を洗われ、爪を磨かれ、綿の浴巾にふうわりとくるまれたのも、まあ甘受する。
困ったのは、垢をこすり取られたそのあとに、毒を飲まされたことだ。
差配よく李翰の風体を宮廷人風に整えた女官たちは、去り際に付け加えていった。
一歩でも後宮外に出たら、毒が回って死ぬ。
◇◇◇
というわけでこの席に着くまでに、李翰の生涯目標は、毒の除去薬を入手して、後宮を脱出することだけになっており、そんな耳には、眼前の会話があんまり入ってきていない。
しかし、相手の大富豪は、李翰になおも熱心に話しかけてくる。
「まあ、小説家ですって?」
少女と美女のあいだのような年頃の女子だ。
地毛で結った大髻は雲と湧き、雲のあわいからは光柱さながら珈がたれこめる。珈というだけでも宮中最上級の格式を表すのに、素材は神々しいまでの白角だ。
衣服は曲裾の深衣。民の着る直裾の三倍の布を要する。それも絹だ。あしらわれた有角の羊の刺繍ときたら彩雲のような複雑さ。
指先に至っては、十指とも様子の異なる、絢爛な金細工の護指(付け爪)。神話世界に出現した十個の太陽もかくやだ。
これを大富豪と呼ばずして何と呼ぼう。
その富豪女子は、さっそく李翰に、挑撥の碧眼を向けてきた。
「小説家といえば、書物を作ることを好み、上下の人々に聴従されようとして市で一日中弁論する思想家ですとか。それで。李氏、と仰ったかしら――貴家の代表作はいかに?」
李翰が答えるより早く、言葉がさらに重ねられる。
「謙遜は不要よ。大隠は市に隠れるもの。宮中暮らしの妾は寡聞ゆえ御名を存じませぬけれど、入宮を属望されるほどの方ですもの、さぞや下々の心を打つ佳作をあまたお持ちなのでしょう?」
李翰は、そわそわと目を逸らした。
「言いづらいご内容なのね。フッ、お得意は寝物語か何か?」
そこまで言われて、李翰はようやく小さく小さく、声を漏らした。
「小才は、まだ書くべき話を持っていないので……」
富豪女子から、こなれた悪態が聞こえた気がしたが気のせいだろう。相手はやんごとなき貴人なのだ。鼓膜に打ちつける罵詈雑言も、こちらの聞き違いだろう。
「誰よ、かような汚穢を後宮に入れたのは! よりによって小説家? 諸子百家中最弱思想家の? 場を弁えなさいよ! ここは、戦国八雄の筆頭、最強国家・麟の、高貴なる後宮よ!」
侮蔑に満ちた碧眼の冴えは心震えるほど美しい。
おそらく方才までのやりとりは社交辞令で、李翰は、なんていうかこう、見限られたのだ。
なぜ百家最弱と評判の思想家・小説家が、王寵を競う女の園、後宮にいるのか?
それは李翰こそが聞きたい。
◇◇◇
李翰の今日は一言で表すと惨憺だった。
あるいは、洪鈞(大ろくろ)が混沌から天地と人を作ってからずっと惨憺だった。
洪鈞世界の中央には、年に三回は氾濫する大河と、その恩恵たる沃野が広がる。
周辺住人はこの地を、世界の中心――中原と呼び、焦がれ、統治者たらんと争う。
洪鈞が世界の全てではないことは、薄々みな気づいていたが、その誰もがこう思っているだろう。
まずは洪鈞どうにかしろ。
どこかの偉いやつ、洪鈞どうにかしろ。
血霧にむせて起こされる。蹄鉄の音が遠ざかったのを確めて眠る。市の穀物は高騰しすぎて金銀より貴い、王たちが中原を巡り、二百年争うこの世界を。
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