第6話 家出令嬢と最強の友情 -1
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1. リリアの父からの依頼
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王都アルテミスの冒険者ギルドは、いつも通りの熱気に包まれていた。だが、その喧騒を切り裂くように、ひときわ厳めしい声が受付カウンターに響き渡る。
「我が娘、リリアーナ・フォン・アークライトを捕縛し、即刻連れ戻せ!」
「……ええ?」
「これはアークライト家の名誉に関わる一大事だ。
報酬は惜しまない。一刻も早く、確実にだ!」
厳つい顔をした騎士団長が、受付嬢エルザに高額な依頼書を突き出していた。その顔には、怒りと焦りがにじみ出ている。フィーネは、その只ならぬ雰囲気に気づき、慌てて柱の陰に身を隠した。耳を澄ませると、聞き覚えのある名前が聞こえてくる。
「リリア……?」
信じられない、といった表情で、フィーネは思わず息をのんだ。エルザは、そんなフィーネの視線に気づかぬふりをして、完璧な笑顔で依頼書を受け取っていた。
「ほほう、これはまた大層な依頼でございますね、アークライト騎士団長殿。
承知いたしました。しかし、娘さんは……」
「何か、問題でも?」
「現在特定のパーティと行動を共にされておりまして……」
「それは、問題児として、ですかな?」
エルザの言葉は、騎士団長の苛立ちをさらに煽ったようだ。
「奴の魔力無効化など、剣の腕前は認めよう。
だが、あのポンコツぶりでは魔法騎士の家では……恥を晒すだけだ!」
「ポンコツ……?」
「早く連れ戻し、社交界から遠ざけるのだ!」
騎士団長はそう吐き捨てると、苛立ちを隠せない様子で踵を返し、足早に去っていく。その背中からは、怒りのオーラが噴き出しているかのようだった。
騎士団長の姿が見えなくなった途端、フィーネは柱の陰から飛び出し、エルザの元へ駆け寄った。その顔は、今にも泣き出しそうなほどに青ざめている。
「エルザさん!今のはリリアの……!?どういうことですか!」
「その依頼、まさか……!」
「どうするんですか、私、親友を捕縛なんて、そんなことできませんっ!
リリアが可哀想です!」
半泣きで訴えるフィーネに、エルザは優雅に書類を整理しながら涼しい顔で答えた。
「慌てなさんな、フィーネ。これを利用しない手はないでしょう?」
「利用……ですか?」
「ええ。彼女の親友であるあなたが動けば、確実に捕縛は成功するわ」
「でも……そんなこと、私に……」
「そして……その過程で、彼女の父親を黙らせるための『交渉材料』を手に入れればいいだけのことよ」
エルザの言葉に、フィーネの顔がハッと変わった。目にビジネスの光が宿る。
「交渉材料……!なるほど、それなら……っ!」
「そうすれば、リリアも……!」
「エルザさん、私に任せてください!
必ずリリアを救い、そして……大儲けしてみせます!」
フィーネは力強く拳を握りしめた。その表情は、先ほどの焦燥感とは打って変わって、商売人の顔になっていた。エルザは、そんなフィーネを満足げに見つめると、口元だけで微笑んだ。
「ええ、期待していますわ、あなたの手腕に」
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2. リリアとアキナの日常
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王都の路地裏にひっそりと佇む、小さな隠れ家。そこは、家出中のリリアとアキナの秘密基地だった。散らかった部屋の中央で、リリアは地図を逆さまに広げ、真剣な顔で首をかしげている。
「この道を行けば、美味しいパン屋に辿り着けるはずなのだけど……」
「うーん……」
「あれ?さっきと道が違うわね……また、迷ったのかしら……」
ぶつぶつと独り言を呟くリリアの横で、アキナは愛用の剣を丁寧に手入れしていた。その顔には、どこか呆れたような、しかし微笑ましい表情が浮かんでいる。
「リリア、また道に迷ってんのか?」
「……うるさいわね」
「そこ、完全に逆だぞ。いい加減、地図を正しく持てよ。ほら、太陽はあっちから昇るんだから……」
「い、言われなくても分かってるわよ!」
アキナは剣を拭きながら、チラリとリリアに目をやった。床には、食べかけのパンくずや古ぼけた剣術書、そしてアキナが読み込んでいるアニメ雑誌が散乱している。二人の生活感が、この空間に独特の賑やかさを与えていた。
「フン、あなたに言われなくても分かってるわよ!」
「これは戦略的な迂回よ、迂回!私なりの最短ルートなの!」
「へえ、そうなのか?」
リリアはムッとして顔を赤らめた。見栄っ張りな彼女にとって、方向音痴を指摘されるのはプライドが許さないことなのだ。しかし、アキナはそんなリリアのツンデレな反応に慣れっこだった。
「はいはい」
「ま、なんだかんだ、どこに迷い込んでも、俺がリリアを守ってやるから安心しろよな!」
「私は別に……」
「なんたって、俺は勇者だからな!」
アキナはフッと笑って、手入れを終えた剣を鞘に収めると、自分の胸をドンと叩いた。その言葉に悪気はない。ただ純粋に、リリアを守りたいという気持ちが溢れているだけだった。
「バッ……バカ言わないで!」
「誰があなたなんかに守られるものですか!私一人で十分よ!」
「そうなのか?」
「……でも、まあ、感謝してあげなくもないわ……」
リリアはプイとそっぽを向いたが、その耳は少し赤くなっていた。アキナの真っ直ぐな言葉が、彼女の頑なな心を揺さぶっているのが見て取れる。
「そうかよ!
ま、なんだかんだ、リリアと一緒なら、どこに迷い込んでも楽しいからな!」
「へへっ、これからもよろしくな、相棒!」
アキナは屈託のない笑顔でリリアに話しかける。リリアは小さく、しかしはっきりと呟いた。
「……ええ、そうね……」
その声は、友情という目に見えない絆を確かに感じさせていた。
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