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反転世界(インバーテッド・ワールド)

三人の若者たちは、滝の近くの森で目を覚ました。

 彼らの視線の先には、遠くに不気味な光が揺らめき、その奥で“反転した世界”の断片が垣間見えた。


 十年前――。

 上級魔導師たちは「闇の魔導師」たちに敗北し、この世界の均衡は崩れ去った。

 彼らはジェイコブ・フラモンの夢を継ぎ、罪なき人々の“マッタ”と呼ばれる生命力を喰らい、行く手を阻む者を無残に屠ってきたのだ。


 かつて美しさに満ちていた世界は、今や瓦解の道を歩んでいた。


 三人が辿り着いたのは、魔導学院を創設した上級魔導師たちの王国、ヴァネズア。

 闇に侵されていない、最後の四つ目の王国である。


「──エミリー、これからどうするんだ!?」

「わたしたち、本当に安全な場所にいるの!? ここはどこ!?」

「……ここはヴァネズア。闇に堕ちた者たちにまだ侵されていない第四の王国よ」


 エミリーの瞳は揺るぎない決意を宿していた。


「わたしの学院を探すの。そこが一番安全な場所だから」

「……本当に、まだ安全だと断言できるのか?」トーマスが疑わしげに問い詰める。

「転移される前に、学院には“闇魔法を拒む結界”が張られていたの」


 若者たちは北を目指した。

 闇の騎士団を避けながら森を抜け、二日間の歩行を経て、砂漠の王国――ヒュルンダイへと辿り着く。


 砂に覆われたその国では、人々は顔を布で覆い、灼熱の太陽から肌を守っていた。

 隠れ潜む彼らは、ようやく小さな宿に身を落ち着ける。宿を営む老婆は言った。


「……闇の騎士どもは、日に日に領土を広げている。上級魔導師が不在の今、逆らえば殺されるだけ。従うしかないのさ」


 その言葉に、トーマスは焦燥を隠せない。

「エミリー、これからどこへ!? どこもかしこも闇の騎士だらけじゃないか!」

「落ち着いてトーマス。明日……わたしは師匠に会いに行く。きっとまだ生きているはずだから」


「師匠……? どこにいるんだ?」

「ラルナという小さな町。そこに“転生者”を連れてくれば、会えると……」


 エミリーは一枚の地図を広げる。その場所には彼女の師、デュークの名が刻まれていた。

 魔導学院の教師であり、彼女を守り導いてきた男。彼女が全幅の信頼を寄せる人物である。


 夜。砂漠の熱は急速に冷え、凍える闇が訪れる。

 エリックは眠れず、同じく起きていたエミリーに声をかける。


「……大丈夫か、エミリー? 何か悩んでいるんじゃないか?」

「えっ……エリックも眠れないの? わたしは平気よ、ふふ……」


 だが、彼女の手は震えていた。


「……わたしは、あの十年間、強くなれなかった。たくさんの人を救えなかった。師匠の目を見るのが怖い……」

 溢れ出した涙を、エリックは優しく拭い取る。


「泣くな、エミリー。お前を信じている人は必ずいる。……もちろん、俺もだ」

「エリック……」


 エリックは彼女の手を取り、しっかりと握り返す。

「だから俺を信じろ。俺は……必ず、お前を支える」


「……ありがとう。あなたも重いものを背負っているのに。伝説の魔導師の“転生者”なんて……普通なら受け入れられないのに」

「最初は混乱した。でも今は……あいつと俺は繋がっている」

「……最強で最悪と呼ばれた魔導師の生まれ変わりが、こんなに優しい人だなんて。まさか友達になるなんて思わなかった」


 二人は夜空を見上げ、遠くに煌めく星を眺めながら、眠りについた。


 翌朝。再び旅立った一行は、砂の山を越える道中で、一人のドワーフと出会う。


「おい、何を見ているんだ?」トーマスが声をかけた瞬間。

「近寄るなァ! 俺の獲物を奪う気か、忌々しいドラケンども!」


 怒声とともに振るわれる斧。強烈な“マッタ”の気配が走り、雷光が迸った。

 だがエミリーがトーマスを後ろへ転移させ、エリックは素早く踏み込み、腹部へ蹴りを叩き込む。


「ぐっ……!」ドワーフは倒れ込みながらも叫ぶ。

「ドラケンの手先め! 必ず殺してやる!」

「待て! 俺たちはドラケンなんて知らない!」


 混乱の末、誤解は解けた。

 その名はドール。青い短髪と長い髭を持つドワーフ戦士であった。


「ドラケン……奴らは闇の魔導師の配下、“サッバーズ”の騎士団だ」

「な……!? じゃあ、学院はどうなったの!?」エミリーが詰め寄る。


 ドールは重く語る。

「半数の王国はすでに闇に堕ちた。多くの村人が奴隷にされ、学院の安否も不明だ……」


 だが、彼もまたラルナへ向かうという。奇妙な縁により、若者たちはドールと共に歩みを進める。


 彼が見ていた張り紙には、一匹の竜の首に“十万ゴールド”の懸賞金が記されていた。

「まさか……ドラゴンが実在するなんて!」トーマスは興奮を隠せない。


「だが討伐にはSランクのパーティーが必要だ。素人が挑めば死ぬだけだ」


 六時間後、彼らは荒れ果てた小さな街に辿り着く。

 唯一残った酒場には冒険者たちが集い、異国風の若者たちを訝しげに見つめていた。


 ドールは懸賞金の張り紙を机に置き、四人分の部屋を頼む。

「……今夜はここで休む。あとは好きにしろ」


 若者たちは束の間の休息を得た。

 ――だが翌朝から始まるのは、新たな試練の連続である。


 エミリーの胸には確信があった。

 転生者を得た今こそ、彼らは闇に抗う唯一の希望となるのだ、と。



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