俺はもう準備ができている!
22時03分。
警察が現場に到着したとき、そこには黒焦げとなったダマー・オリーブの遺体が転がっていた。
捜査員たちは自殺と断定する。廃墟となった遊園地に、他者の痕跡は一切見つからなかったからだ。
連続殺人鬼は、これまで多くの罪なき人々を手にかけ、さらには二人の悪党までも葬っていた。
――だが、彼が何を求めていたのか。誰にも理解できない。その謎が、探偵たちの胸をさらに苛立たせるのだった。
---
十一月二日。
エリックとトーマスは、ダマーを倒した後、病院に入院しているエミリーを見舞うことにした。
「まさか……あの連続殺人鬼が自殺なんて……勝っていたはずなのに」
トーマスは驚きを隠せない。
しかし、彼は気づく。エリックに何かがあったことを。
傷一つなく無事で、しかもその瞳は黄色から深紅へと変貌していたのだから。
そのとき、エミリーが二人に駆け寄る。
「――あっ! 二人とも!」
彼女は驚きの声を上げる。
「よぉ! 元気そうじゃん。で、何針縫ったんだ?」
トーマスが興味津々にエミリーの傷跡を覗き込もうとする。
「やめなさいよ、トーマス! ……エミリー、本当に良かった。無事で……二人が倒れていた時は心配したんだ」
エリックは安堵の笑みを浮かべた。
---
トーマスが飲み物を買いに行った隙に、エリックとエミリーはベンチに腰を下ろし、連続殺人鬼、そして“闇の魔導師”たちについて語り合う。
「……あなた、変わったわね。やっぱりダマーを殺したのは、あなたでしょう?」
「ようやく、俺は“自分”を取り戻した気がするんだ。……見ててくれ、エミリー」
エリックの指先から、炎が立ち上がった。
「えっ……!」
エミリーは驚愕する。彼女自身、火の魔法を使えるようになるまで二週間かかったというのに。しかもエリックは詠唱すらしていない。
「……でも、まだまだだ。だからこそ、君に頼みたい。――俺を《裏の世界》へ連れて行ってくれ」
「それ……本気で言ってるの? 本気なのね、ジェイコブ!」
彼女の瞳が潤む。
「いや……俺の名前はエリックだ。けど、本気さ。俺はもっと強くなりたい。そして、ダマーのような魔導師を、この世界には二度と生かせない!」
---
エリックの言葉に、エミリーはうなずいた。
「……わかったわ。準備を整える。三週間の猶予をあげる。その間に、大切な人に別れを言っておきなさい」
陰に隠れていたトーマスは、二人の会話をすべて聞いていた。
---
エリックは故郷モッソンを離れることに迷いを抱いていた。だが、自分の出自を知るためには避けられぬ道だと理解している。
その頃、デュダとタリアもまた、黒魔術を操る者たちの存在を知り、恐怖と戸惑いを抱いていた。
そして彼女たちは気づく。――エリックがその標的の中心にいることに。
---
エリックの家に戻ると、デュダとタリアが待っていた。
「エミリーはどうだった?」タリアが尋ねる。
「無事だよ。でも……大事な話がある」
エリックは、《裏の世界》へ行かねばならないと語る。そこは魔法を使う者や異種族が暮らす世界。数多の王国、幻想の獣たちが息づく場所。
「俺、一人でなんて行かせないぞ! 一緒に行く!」トーマスが胸を張る。
「私も行くわ、エリック!」タリアが抱きついた。
だが、エリックは首を振る。
「……タリア、ごめん。君を連れて行くことはできない。君たちには、モッソンを守ってほしい」
---
やがて、若者たちは最後の思い出作りに海へ出かけた。
青空に映える群青の海、太陽のきらめき、笑い声。
その時間は、永遠に続くかのように思えた。
---
九月十七日。
ついに旅立ちの日が訪れた。
荷物をまとめたエリックとトーマスは、ニコラス・ダンタスの森――廃動物園に隠された《裏の世界》への門の前に立っていた。
「来たのね!」
エミリーが手を振る。その隣には、デュダとタリアの姿もあった。
「見てろよ! 裏の世界じゃ、絶対エリックより強くなってやる!」トーマスが高らかに笑う。
「……ホント、あなたって……」エミリーは苦笑しつつも、涙を堪えるデュダを抱き寄せた。
別れの時。
エリックはタリアと最後の口づけを交わす。幼い頃から積み重ねた日々の記憶が、走馬灯のように蘇る。
---
やがて、古びた門に刻まれた不可解な文字が淡く輝き出す。
「……準備はいい? 覚悟して。あなたの人生は、ここから先、決して楽にはならない。特にあなたよ、エリック。私の世界は、あなたを必要としている。――問うわ。もう一度聞く。……覚悟はできてる?」
「――俺はもう準備ができている!」
「俺だって準備万端だぜ! 行こう、エリック!」
三人は門へと手をかけた。
透明な障壁が渦を巻き、彼らを飲み込む。
そして、門は音もなく閉ざされ――エリックたちは、異なる世界へと吸い込まれていった。