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第2章:憂慮(ゆうりょ)

二日が過ぎ、空気の中には熱気が漂っていた。

エリックは、自分の体が本当に生まれ変わったかのように軽く、力強くなっていることに気づく。しかし、タリアは彼にこれ以上学校を休んでほしくないようで、しかも彼女はまだ喪に服しており、ひとりにさせるのが心配で仕方なかった。


それでも、エリックは決意する。


「……分かったよ。でも、何かあったらすぐに電話して。絶対にな。」


「もちろん、大丈夫。心配しないで。」

タリアは微笑み、頷いた。


家を出ると、暑さは容赦なくエリックを包み込んだ。街中は連続殺人鬼の噂で騒然としており、警官たちがあちこちに配置されていた。心配そうに歩く人々もいれば、まったく気にしていない人々もいる。——これまでに七人が殺された。エリックは歩きながら、自分もまたその“被害者”のひとりであることを実感する。


少し歩いたところで、エリックは見覚えのある人物を見つけた。現場を調べているのは、幼なじみドゥダの父親であるリカルドだった。エリックは彼に近づき、声をかける。


「おや、これはこれはエリック君じゃないか! 大変な目にあったと聞いたが……大丈夫か?」

リカルドはがっしりと彼の手を握った。


「ええ、大丈夫です! ただの気絶ですよ。それにしても、この殺人鬼……ずいぶんと手強そうですね。」


「ああ、まったく……。だがな、まるで存在しないかのように、痕跡ひとつ残さないんだ。」


リカルドは疲れ果てた表情で顔を覆い、再び捜査に戻っていった。


その瞬間、エリックの身体は風に呼ばれるようにざわめいた。心地よい力が血の中を駆け抜け、走り出したい衝動に駆られる。


——よし、少しだけ走ろうか。


一歩踏み出した瞬間、エリックは自分の脚が意思よりも早く動き出していることに気づいた。

「なっ……!? 止まれっ……!」


だが、体は言うことを聞かず、猛烈な速度で学校へ向かっていく。周囲の人々は強烈な突風が吹き抜けたと思っていたが、実際には——それはエリック自身だった。


「う、嘘だろ……!?」


次の瞬間、彼は跳んだ。

地面を離れた身体はそのまま空を駆け、気づけば学校の屋上に降り立っていたのだった——。


まるで自分の体がもう人間ではないかのように、高く跳び上がったエリックは、運よく不格好ながらも地面に着地した。――生きている。


信じられなかった。自分の身に何が起きているのか。あの日、死んだ瞬間から、彼の体は変わってしまったのだ。胸の奥に不安を抱え、誰にも見られていないかと周囲を見渡す。だが、思いもしなかったことに――一人の少女がその光景を目にしていた。


間の抜けた顔でエリックはごまかすように挙動不審に振る舞う。だが、屋上に跳び上がるなんて、どうあがいても隠しきれない。少女はただ黙って彼を見つめていた。


「えっと……すみません、ははっ!」

困ったように笑いながら声をかける。

「こんなところで何してるの? 授業はいいのかな?」


――見たことがない子だ。新入生か? と、エリックは頭の中で考える。


少女は白銀色の短い髪を持ち、紫色に輝く瞳が印象的だった。冷たい視線をしているが、その美しさは唯一無二。エリックは思わず息を呑む。しかし彼女は何も言わず、踵を返して去っていった。


彼女を見送ったエリックは、ふと時間に気づく。慌てて教室に戻ると、トーマスとドゥダが驚いた顔で待っていた。


「おいエリック! 運がいいな、先生はまだ来てないぞ。……って、お前汗だくだな。走ってきたのか?」

「だ、大丈夫だよトーマス。ただの暑さだから、ははっ!」


ぎこちなく笑いながら椅子に腰を下ろすエリック。しかし心の奥では落ち着かない。さっきの少女に秘密を見られたかもしれない――もし彼女が口を開けば、自分の生活は終わる。


そんな不安をよそに、担任のラファエル先生が教室へ入ってきた。

「みんな、おはよう。遅れてすまない。さて、新しい転入生を紹介しよう。入ってきなさい!」


現れたのは――あの屋上で見た少女。

「新しいクラスメイト、エミリー・シルヴァだ。」


エリックは凍りついた。少女――エミリーは彼の存在を無視するように、静かに彼の席の後ろに座った。


三時間目が終わると、エリックは廊下でトーマスとドゥダに朝の出来事を説明した。だが、二人は信じようとしない。トーマスが冗談半分に彼の腹を殴ると――

「いってぇ……! お前、腹筋やりすぎだろ!」


さらにドゥダが小さなナイフで首を突こうとしたが、刃は折れ、血は一滴しか滲まなかった。

「お前の体、鋼鉄製かよ! まるでスーパーマンだな!」と、彼女は興奮したように笑う。


エリックにとっては、ただの針のような痛み。しかし、それを見ていたのは彼らだけではなかった。後ろにいたエミリーが静かに一言つぶやく。


「……あなたが何者なのか、私は知っているわ。七十八年の時を経て、ついにあなたは蘇ったのね。」


「えっ……?」


エリックは理解できないまま、エミリーに呼びかけられる。

「話があるの。二人きりで。ついて来て。」


ドゥダが不安そうに声を潜める。

「エリック、気をつけて。この子、絶対怪しいわよ! 七十八年だなんて、どう考えてもおかしい!」


しかしエリックは彼女の肩に手を置き、微笑む。

「大丈夫。変わってる子なのは分かってる。でも、あの力について何か知ってるかもしれない。それに……シリアルキラーとの関わりだって。」


そう言って、エリックはエミリーの後を追った。


校舎の裏で向き合う二人。エミリーは冷たい瞳をエリックに向け、落ち着いた声で言う。

「……あなたは、彼にそっくりね。多くの人々が、あなたの力を必要としている。あなたは特別な存在なの。」

「俺はただの人間だ! エリック・アゼヴェドっていう、普通の高校生なんだ!」

「いいえ。あなたは人間じゃない。……そして私も。」


エミリーは口の端をわずかに吊り上げる。

「あなたは目覚めたばかり。これから自分の力を制御しなきゃならない。そして――あなたこそが、私の世界を救う唯一の存在。」


エリックは混乱しながらも問い返す。

「世界を救う? そんなの俺にできるわけない! それに、シリアルキラーのことを知ってるのか?」

「直接は知らない。でも、彼が“魔法”を使っていることは確か。つまり、彼も魔導師よ。」


そこで、エミリーは古代の魔導師たちの伝承を語り始めた。かつて人類を脅かす魔物や魔女、闇の存在と戦った強大な存在たち。そして彼らが築いた「大魔導学院」。だが今、彼女の世界は崩壊の危機に瀕しているという。その唯一の希望が――エリックの前世「ジェイコブ・フラモン」の転生だった。


「……信じられない。でも……あのシリアルキラーを止めなきゃならないのは確かだ。だったら、手を貸すのはその後だ。」

「分かったわ。私も協力する。彼を見つけ出すために。」


エミリーは冷静な瞳を揺らさず、手を差し伸べる。

「契約よ、エリック。」

エリックもまた、その手を握り返した。

「……ああ、約束だ。」


エリックには、エミリーの言う「逆さの世界」のことなど、何ひとつ理解できなかった。

だが――今、二人の間には確かに“契約”が結ばれたのだった。

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