写真の中の家族
引っ越しの荷物を整理していた時、佐藤健一は古いアルバムを発見した。前の住人が置き忘れたものらしい。
「これ、誰の写真かしら」
妻の由紀が覗き込んだ。アルバムには、見知らぬ家族の写真が何枚も貼られていた。父親、母親、そして小学生くらいの女の子。どの写真でも、三人は仲睦まじく笑っている。
「前の住人のかな。返しに行こうか」
しかし、不動産屋に確認すると、前の住人の連絡先は不明だという。この家は十年以上空き家だったらしい。
健一と由紀は、その古い写真を見ながら複雑な気持ちになった。二人には子供がいなかった。写真の中の幸せそうな家族を見ると、どこか羨ましさを感じてしまう。
「この子、可愛いわね」
由紀は女の子の写真を指差した。明るい笑顔で、人懐っこそうな子供だった。
その夜、健一は奇妙な夢を見た。写真の中の女の子が、彼の枕元に立っているのだ。
「おじちゃん、私のアルバム見つけてくれたんだね」
女の子は嬉しそうに話しかけてきた。
「君は誰?」
「私、みか。この家に住んでたの。でも、もういないんだ」
健一は目を覚ました。汗びっしょりだった。
翌日、由紀も同じような夢を見たと言った。女の子のみかが現れて、「お姉ちゃん、私と遊んで」と話しかけてきたという。
「きっと、その写真のせいよ。気になって夢に出てきたのね」
二人はそう納得しようとしたが、夢はその後も続いた。
三日目の夜、健一は再び夢を見た。今度は、みかだけでなく、その両親も現れた。
「この家で、私たちは幸せに暮らしていたのです」
父親が静かに語った。
「でも、ある日、火事が起きて...」
母親の表情が暗くなった。
「みかだけは、なんとか救い出そうとしたのですが...」
健一は息苦しさを感じて目を覚ました。
翌朝、由紀と相談して、近所の人に家の歴史を聞いてみることにした。
健一は向かいの家のインターホンを押したが、返事がない。郵便受けには古い新聞が何枚も挟まっている。
「留守みたいね」
由紀が言った。
健一は郵便受けから新聞を取り出した。十年前の日付の地方新聞だった。一面には大きく「住宅火災で一家三人死亡」の見出しが踊っていた。
記事を読むと、この家で火事が起き、佐藤健一、佐藤由紀、佐藤みか(7歳)の三人が亡くなったと書かれていた。
「同じ名前...偶然かしら」
由紀の声が震えていた。
その夜、健一は決心した。アルバムを持って、家族の墓参りをしよう。
地元の寺で家族の墓を見つけた。「佐藤家」と刻まれた墓石の前で、健一はアルバムを開いた。
「これは、あなたたちの大切な思い出ですね。お返しします」
その瞬間、風が吹いて、アルバムのページがめくられた。
最後のページに、健一は驚愕した。
そこには、自分と由紀の写真が貼られていた。
つい先週、引っ越しの記念に撮った写真だった。いや、違う。よく見ると、それは引っ越しの写真ではなく、もっと古い写真だった。
写真の裏には、子供の字で「パパとママとみか」と書かれていた。
健一は震えながら由紀を見た。由紀の表情も青ざめていた。
「私たち...いつからここにいるの?」
由紀の声が震えていた。
健一は必死に記憶を辿った。引っ越しの日、荷物の整理、アルバムの発見...
しかし、それより前の記憶が曖昧だった。前に住んでいた家、仕事、友人たち...全てがぼんやりしている。
「私たちも...」
健一は言葉を失った。
アルバムの最初のページを開き直すと、そこには確かに見覚えのある写真があった。
健一と由紀、そして手を繋いだ小さな女の子。
三人とも、幸せそうに笑っていた。
写真の下には、「佐藤健一、佐藤由紀、佐藤みか」と書かれていた。
健一は全てを理解した。
火事の夜、三人は一緒に亡くなったのだ。
みかを救おうとして、結局、家族全員が煙に巻かれて...
「パパ、ママ、やっと思い出してくれたんだね」
振り返ると、みかが立っていた。
「私、ずっと待ってたの。パパとママが、私たちが家族だったこと思い出してくれるまで」
健一と由紀は、娘を抱きしめた。
「ごめんね、みか。忘れてしまって」
「いいの。でも、もう離れちゃダメよ」
三人は手を繋いで、燃える家の中へと歩いて行った。
翌日、近所の人々が不思議がった。
あの空き家から、もう夫婦の話し声は聞こえなくなっていた。
そして、家の前には、三人家族の写真が風に舞っていた。
写真の中の家族は、とても幸せそうに笑っていた。