期間限定バティ(2)
テソロ協会から4軒先にあるトレジャーハンター御用達のバーバル商店で、鶏肉と豚の燻製と数種のドライフルーツ、2リットル分の水を購入した。
昔は地下で植物を育てるのが難しかったらしいが、発掘が進んで農業に関する魔導機械や技術が蘇ったおかげで、質のいい野菜や果物が手に入るようになったと聞く。特にバーバル商店が販売している携帯食料は品質に限らず味も抜群に美味い。
街の中心にある昇降機の前に立ち、外へと向かう上昇ボタンを押す。ガコン、ガガガガ、シューっとけたたましい音を立てて稼働する。扉が開くタイミングに合わせて俺とシュイはガスマスクを被り、互いの装着に問題がないか確認して頷き合った。
「さて、行くとするか。シュイ、サナ。準備はいいか?」
「もちろんだよ。わぁ、なんだかドキドキするね」
「お二人とも、ちょっとお待ちを」
片足を突っ込んだところでサナが呼び止めた。忘れ物でもあったのかと立ち止まり、扉が閉まらないよう手で押さえながら振り返った。
「サナ、どうした?」
「今日はいつも以上に気温が上昇するとの予報を見ましたので。対策をしてから地上へ出ましょう」
そう言って俺とシュイの頭上へふわりと舞い上がった。
閉じていたページが開き、眩い光が粒子となってサラサラと頭上から降り注いだ。その一粒一粒が結合し、瞬く間に半円のドームを作っていく様が気になって恐る恐る手を伸ばした。それは確かに目の前に見えているのに、光の壁があるだけで物理的な感触はない。外に出た手は地下都市独特の蒸し暑さを感じているが、ドームの内側にいる俺自身はさほど熱を感じていない。この光の内と外で温度が違うのがわかった。
「なるほど。外気温を遮断してるのか。さすが光の魔導書」
「それだけではありませんよ。体力の消耗を抑えるよう、回復魔術も施しています。これがあれば長距離移動も苦はありませんよ」
説明する姿が妙に自慢気で、どうだと言わんばかりにクルクルと回って見せた。目の前にあるのは本の形をしているが、俺の目には人間になったサナが得意げに腰に手を当てて胸を張る姿が見えたような気がした。
「これ、すげぇ便利だな。徒歩だろうとサンドバギーだろうと、探索ポイントまでの道のりに暑さ問題はつきものだからな……なぁ、サナ。シュイじゃなくて俺と契約しないか?」
「お断りします。むさ苦しい男と契約する気はありません」
「ほらほら。準備も整ったことだし、出発しよ」
シュイに腕を引かれるがまま昇降機に乗り込み、いざ地上へと向かった。
砂漠を進むトレジャーハンターの移動手段はもっぱらサンドバギーだ。蒸気エンジンと魔導エネルギーを融合させた馬力で脆い砂を難なく進んでいけるが、頭上から降り注ぐ灼熱の陽射しだけは、徒歩だろうとサンドバギーだろうと変わらない。
十数分の運転でさえ暑さで蒸しあがりそうになるのだが、サナの魔術は汗一つかかずに進めるほどだった。今となっては消えつつある魔術も、かつては当たり前のように誰もが使っていた古代魔術。その偉大さが身に染みた。
「ここだな」
首都を出発して約1時間。40キロほど行ったところでサンドバギーを停めた。
辺りの景色を見渡し、砂丘の形状や太陽の位置を確認した。ガスマスクのガラスには相変わらず高温注意報が表示されているが、サナの魔術のおかげで今までにないくらいに快適だ。
「到着? 何も見当たらないけど……でも、ちょっとだけ変な感じだね。何もないはずなのに、気配を感じるっていうか」
「シュイ、何かありますよ」
まるで目を凝らすように、シュイの頭上に浮かんでいるサナがゆっくりと回転しながら辺りを見渡した。
「普通のやつは気づかないんだが、さすがだな。魔力を感じ取れるのか」
辺りに向けていた視線をスッと足元へ落とした。
左足を軸に、右足のつま先で砂をかき分けていく。10センほどの深さのとこに一枚の手鏡が埋められている。それを拾い上げ、鏡面を指先で撫でると、視界が蜃気楼のようにグニャリと歪んで溶けていく。やがてその歪みの向こうから20数棟ほど小さな廃墟群が現れた。
「わぁ……うそ、うそ! すごい、廃墟が出てきたよ、サナ君!」
「微力ながら魔力の波動を感じたのですが、幻惑鏡でしたか。それにしても、古い魔道具をお持ちですね」
「行きつけの魔導屋の婆ちゃんから手に入れたんだ。せっかく見つけた廃墟を横取りされたら稼ぎが減るからな」
鏡を鞄に押し込み、行くぞと先を指さした。互いを支え合うように倒れている廃墟の間を抜け、奥へと進んでいった。
「フィーさん、ここが今日の探索ポイント?」
「そうだな。未調査の箇所もあるから、他のやつが来る前に調べておくか」
「ここはフィーさん以外の方は知らない場所なのですか?」
なぜか不思議そうにサナが訊ねた。なぜそんなことを聞くのか意図が読めず、首を傾げた。
「あぁ、そうだが?」
「妙ですね。さっきから人の気配を感じます」
「いやいや、そんなはずは……」
ない――そう言いかけた矢先、どこからともなく人の声が聞こえた。植物はもちろん小型哺乳類や昆虫でさえ生息できない地上の砂漠で、声が聞こえる条件は限られている。幻惑鏡でこの辺り一帯の景色が消える魔術が発動していたのだから、この場所を見つけられるはずがなかった。
声を辿って廃墟や瓦礫の間を縫うように進むと、廃墟に取り囲まれるようにぽっかりと開けた場所に出た。そこにはなぜか、いるはずのない先客の姿がある。ゲラゲラと下品な笑い声をあげながら、10人ほどの男達を従えていたのはザムザだった。
「ん? なんだ、フィデルじゃねぇか」
こちらに気づいたザムザは、妙にご機嫌そうな声を上げた。いつになくテンションが高いのもそうだが、わざとらしい態度に怒りよりも面倒くささが勝った。
「相変わらず賑やかだな、お前のところは」
「先月から新しい仲間が4人増えたからな。この広大な砂漠を掘り起こすには、バディと2人だけじゃ効率が悪ぃだろ?」
と、ザムザはガスマスクの向こうでニヤリと不敵に笑っている。
特別な条件がない限り、トレジャーハンターはバディを組むことが義務付けられている。単独行動の場合は組むようにと注意されるものの、登録を済ませたトレジャーハンターが、他のバディとチームを組んで調査することには一切の制限を設けていない。大所帯になろうとも単独よりはマシという判断だ。
単独を好む俺とは逆に、ザムザは昔から徒党を組むのが大好きなヤツだったが、それは今も昔も変わらないらしい。
何があっても自分が上に立っていたいヤツなのだろう。どこまで行っても馬が合わないことをひしひしと感じながら呆れて眺めていると、ふとザムザがガスマスクの上から見慣れないゴーグルをしているのが目に留まった。
ザムザは昔から狼を模したデザインやモチーフの装飾品を好んで身に着ける癖があり、愛用のガスマスクも狼の顔の形にデザインした特注品を使っている。今まではその特徴的なガスマスクだけだったが、なぜかその上から無骨な真鍮製のゴーグルをしているのが、どうにも気になってしまった。
「いいゴーグルだな」
「あぁ、これか? 1ヶ月くらい前に行商に来てた魔導屋に頼んで探させたやつでな。これがあると、隠されたものが見通せるって代物なんだ」
「あぁ……なるほどな」
「フィーさん、どうしてあの人がここを見つけられたの? この場所、フィーさんが隠していたんだよね?」
会話を聞いていたシュイが、袖を引っ張りながら声を潜めた。
ちらりと横目で目配せをし、ガスマスクのこめかみ辺りにつけられたダイヤルを一度だけ押した。搭載されている無線の周波数を、シュイのガスマスクのみに切り替えて通信を繋ぐ。この状態ならザムザや他の子分達に会話を聞かれることはない。
「幻惑鏡を見破る〈不可視の目〉って魔術があるんだが、あのゴーグルがそれらしい。おそらく、俺の後をつけてここを突き止めたんだろうな」
「それって、手柄横取りってことだよね? 最低!」
俺を見上げていたシュイの視線は素早くザムザへ向けられた。
ガスマスクで表情が隠れているせいか、なぜ自分を見つめているのか読み取れないザムザは、呑気にひらひらと手を振り返していた。同様にシュイの表情もはっきりとは読み取れないが、ムッとしていることだけは纏っている空気でわかる。
「せっかく来たところ悪ぃんだがな。ここはオレ達が先に見つけたんだ。フィデル、手ぇ引いてくれや」
「絶ぇーーー対に、嫌ぁっ!」
俺が答えるよりも先にシュイが断固拒否をした。
ガスマスクをして話す時は声を張らなくても無線で繋がっているため聞こえはいいのだが、おそらくシュイはわざとやったんだろう。大声で言い返したものだから音が割れてハウリングしていた。周辺にいるすべての無線がその声を拾ってしまうため、ザムザはもちろん、お仲間連中は驚いて体をびくりと跳ね上げた。
「ここはフィーさんが最初に見つけた廃墟だよ。手を引くのはそっちでしょ? フィーさんに見つからないように後をつけて、そのゴーグルで探し当てて先回りしたんだから」
「おいおい、お嬢ちゃんよ。オレがそんなマネしたってのか? そんな証拠どこにあるんだ? ん?」
「もうっ、往生際が悪すぎだよ!」
「シュイ、もういい」
今にも飛びかかりそうなシュイを止めた。牙をむく野犬のような形相だったシュイも、突然止められてきょとんと眼を丸くする。レンズの向こう側にある大きな目は、まだ言い足りなそうに不満げだったが、これ以上何もするなと首を横に振ってザムザに目をやった。
「ザムザ、邪魔して悪かったな。俺は他を探すことにするよ」
「んぁ? あ、あぁ。そう、か? いやぁ、悪ぃな」
俺がすんなり引くとは思っていなかったんだろう。拍子抜けしたような声を漏らして戸惑っている姿は案外面白いものだ。俺が向きになって食ってかかるのを嘲笑してやるつもりでいたようだが、簡単に乗ってやるほど暇ではない。
「気にすんなって。じゃあな、ザムザ。高温警報出てるから気をつけろよ」
「お、おう」
何か言いたそうにしているシュイの肩を抱き、強引にその場から連れ出した。もちろん態度は穏やかに、背を向けると同時にヒラヒラと手まで振ってやった。ザムザがどんな顔でこちらを見ているのかわからないが、おそらく面白くなさそうに睨みつけてることだろう。
「よいのですか?」
ザムザ達の声が聞こえなくなり、気配すら遠ざかったところでサナがぽつりと訊ねた。
「間違いなく、ここはフィーさんが先に見つけた場所なのですよね?」
「そうだが、まぁ、いいんだよ」
「諦めるの早すぎるよっ。もしここですっごい遺産が見つかっちゃったらどうするの!」
「いいんだって。無駄掘りさせておけばいい」
と、シュイにはニヤリと不敵に笑って返した。
ご立腹だったシュイもそれで勘づいたはずだ。レンズ越しに見える目がいつものように丸く見開き、俺と同じように不敵に笑って目を細めた。
「フィーさん、何企んでるの?」
「すぐにわかるよ」
先へ行くぞと前方を指さして促し、その場から離れた。もちろん足取りは軽快に、サンドバギーのエンジン音も心なしか軽やかだ。