表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/24

期間限定バディ(1)

 日の出を知らせる鐘が街中に鳴り響く中、俺とシュイは第一セクター最上階にあるテソロ協会の前に立っていた。

 政府直轄の組織であることを示すスズランと盾の紋章が刻まれた宝箱の銅像を横目に蒸気可動式のドアを潜ると、8つに分かれた受付カウンターが奥へ向かってずらりと並んでいる。早朝にもかかわらず、廃墟発掘へ出発するトレジャーハンター達の手続き待ちでごった返していた。

 10分ほど待ったところで一番カウンターに案内された。座っているのは、チリチリの癖毛と鼻の上を横断するそばかすが印象的なパメラ・アンダルマン。テソロ協会に登録すると担当の協会員が割り振られ、発掘日程や活動場所、トレジャーハンターの健康状態に至るまで管理される。パメラは俺が首都に来てからの付き合いで、かれこれ5年になるだろうか。

 パメラは昔から朝が弱く、この時間帯はいつも不機嫌そうな顔をしている。かけている丸眼鏡を中指で押し上げながら、気だるげな様子で書類に判を押し続けていた。

 

「次の方、どうぞー」

「おはよう、パメラ。今日も眠そうだな」

「あら、フィーさん! おはよ。そういえば昨日の探索結果、提出されてないみたいだけど、何かあったの?」

「色々あって来られなかったんだ。早速で悪いんだが、これの査定頼むよ」

 

 出発前に提出していた探索範囲の地図と報告書、そして廃墟で見つけた地図球をパメラに渡した。もちろん書類そっちのけで食いついたのは見つけた遺産の方だ。かけている眼鏡を額の上まで押し上げ、鼻がくっつくまで顔を近づけて凝視していた。

 

「うそっ。なにこれ……この地図球、めちゃくちゃ状態いいんじゃない?」

「だろ? おそらく、パーツを交換すればすんなり動くと思うんだ」

「ふふふ、これは高値が付きそうね。ちょっと待ってて」

 

 カウンター脇に置かれた30センチほどの薄い真鍮板の上に地図球を乗せると、中心に刻まれた大きな目と八つの手の紋様がぼんやりと黄金の光を放った。

 一見するとただの真鍮板なのだが、刻まれた紋様には〝全てを見通す〟という魔術が施されているのだとか。この真鍮板に乗せるだけで、置かれた物がいつの時代のものなのか、どんな材質で修復可能なのか判別できるらしい。

 時間にしておそらく十数秒。紋様から光が消えると同時に、真鍮板にぼんやりと文字が浮かび上がる。古代語のため何が書いてあるのかはわからないが、パメラをはじめ、テソロ協会に勤める協会員たちは皆この古代語が読めるらしい。


「フィーさん見て! この地図球、600年前の遺産よ。しかもエネルギー切れを起こしてるだけだから、パーツ交換しなくても動くみたい。はぁ~早く動いたところ見てみたいわ。当時の状態のまま起動できるなんて最高。ロマンだわ……」

 

 パメラは早口気味にそう説明し、うっとりとした眼差しで地図球を眺めた。

 俺より5ほど年下なのだが、見た目からは想像がつかないほど博識で、おそらく研究者レベルか、あるいはそれ以上の知識を持っているため、学者達の間では協会員にしておくのがもったいないと言われているらしい。

 学者をも唸らせる知識を持っているのは、パメラが大の遺産マニアであり収集家であるのも理由の一つだろう。全ては愛する遺産のための知識というわけで、テソロ協会にはいったのも、トレジャーハンターが持ち帰る本物の遺産を直接目で見て触れることができるからという、なんとも欲望全開の理由だったことは、おそらく俺しか知らないはずだ。

 

「あぁ、協会に収めちゃうなんて悔しいくらいの代物ね。いつか私のコレクションに加えたいくらいよ」

「そんなことしたらクビになるぞ」

「わかってるわよ。ここで働いていればフィーさんが見つけてくれる珍しい遺産と出会えるから、そう簡単には辞められないのよね」

 

 手にした地図球を傍にいた協会員に渡し、確定した査定額を金庫から取り出す。分厚い札束が2つ出てきたとたん、周囲にいたハンター達からどよめきが起こった。

 

「思ってた以上の報酬になったな」

「私ならもっと出してるけどね。これ以外に見つかったものはないの?」

「さっきも言ったけど、色々あって持ち帰れたのはそれだけだ。その代わり、今日はしっかり見つけてくるよ」

「期待してるわ。今日はどの辺りの調査に?」

「その前に、別の手続きを先に頼みたいんだ」

「手続き?」

「バディの登録申請をしたいんだ。まぁ、期間限定なんだけどな」

「了解。バディの申請……えっ? バディ? えっ、フィーさんがバディ!?」

 

 驚いたパメラの声がカウンターに響き渡った。よほど驚いたのか勢いよくあまり立ち上がり、何が起こったのかと辺りをきょろきょろ見回した。

 俺の背後にいたシュイとサナがひょっこり顔を覗かせ、なにやら嬉しそうに笑ってみせると、パメラは豆鉄砲でも食らったハトみたいに硬直して何度も瞬きを繰り返す。居合わせたハンター達も動揺しているように見えた。

 

「待って。待って、待って! フィーさんがバディを組むの? この10年間、一匹狼を貫いてきた孤高のトレジャーハンターのフィーさんが?」

「まぁ、その……成り行きだ」

「成り行きね。まさかこんな日が来るなんて……」

 

 信じられないと何度も呟きながら、パメラは手を震わせながらバディ登録申請書を差し出した。受け取った書類に俺の名前を書き終え、続いてシュイもペンを走らせる。名前を見たパメラは再び目を丸くして驚いた。

 

「シュイ・オルティス!? フィーさんと組むバディって、あなたなの!?」

「えへへ、そうなんです」

「シュイ、一応僕の名前も書いておいてくださいね」

 

 背後からサナが飛び出して念を押した。魔導書を見るのも初めてのトレジャーハンターもいたらしく、視線がサナに集まるのが手に取るようにわかった。こうも注目されると居心地が悪くて仕方ない。

 

「はい、これで完成! パメラさん、登録よろしくお願いします」

 

 シュイは声を弾ませながら書き終えた申請書を差し出した。

 受け取ったパメラは半ば放心状態だった。居合わせたトレジャーハンター達も動揺と困惑しているようだが、「相棒殺しに暴食のオルティスか。とんでもない二人が組んだな」「あの子、裏切られるんじゃないのか?」「その前に食費で破産だろ?」と、同情や憐れみの声が聞こえてくる。俺自身、バディを組むことにはいまだ抵抗がある。ただそれを他人にとやかく言われたくもなかった。

 

「パメラ、よろしくな」

「え、ええ。もちろん……」

「たくさん見つけて帰ってくるので、期待しててくださいね」

 

 視線から逃れるようにテソロ協会の外へ出ると、「朝食のパンを切らしたから買いに行こう」「隣のセクターで収穫祭をするらしいね」「12階の肉屋が作る燻製が絶品なんだ」と、通りには行き交う人々の日常会話があふれている。余計な反応や言葉が聞こえなくなってほっとしていた。

 後ろからついてきていたシュイがパタパタと駆け出し、通りの声に耳を傾けていた俺の正面へと回り込んだ。顔を見上げてはニコニコ、じっと見つめてはヘラヘラしている。

 

「どうかしたのか?」

「えへへ。嬉しいなぁと思って」

「何がだ?」

「今日からフィーさんのバディだと思ったら嬉しくて、えへへ。ねぇ、ナサ君。これから楽しくなりそうだよね」

「シュイが楽しいのなら、きっと楽しいと思いますよ」

「やっぱりそう思う? きゃー、わくわくするね」

 

 俺が同情や憐れみは気にも留めていなかったが、シュイはザムザに言われたことを気にしているのではないかと思っていた。裏切られないように――俺の心配をよそに喜んでいるシュイを見ていると、ほんの少しだけほっとしている自分がいた。

 

「フィーさん! バディになって最初の探索だねっ。どこに行くのか決まってるの?」

「もちろん。今日は北へ向かう予定だ」

 

 上着の内ポケットから地図を取り出して見せた。

 黄金の砂漠のど真ん中に描かれる首都を人差し指でトントンと叩いて示した後、その指先をスルスルと北の方角へまっすぐ滑らせる。10センチほど離れた場所で再び地図を叩くいたが、もちろんそこにあるのは黄金に染まった何もない台地。シュイとサナは見つめ合って眉を顰めた。

 

「ここに、行くの?」

「そうだ」

「随分、大雑把ですね」

「俺の探索はいつもこんな感じなんだよ。携帯食料と水買って出発だ」

 

 手早く地図を畳んでポケットに押し込み、どこか心配そうな顔をしているシュイなど構うことなく歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ