いわくつき少女と魔導書(5)
「通り名の理由は、その事件がきっかけだったわけですか……」
サナはどこか申し訳なさそうな声でぽつりと言った。
理由を聞いてはみたものの、思っていたよりもほの暗い過去だったことが予想外だったのだろう。バツが悪そうに漂うサナとは裏腹に、シュイはなにやら腹を立てた様子でムッとしていた。
「そんなの、フィーさんは悪くないよ! そういう危険性があるってわかっててトレジャーハンターをやってるんだし、バディを組むのも万が一に備えてでしょ?」
「まぁ、わかってくれるやつはいるだろうが、俺とバディを組みたいって考えた時に障害になる理由ではあるだろう」
壊れたお守りを上着のポケットから取り出し、それをシュイの鼻先にぶら下げて見せた。
「恥ずかしい話だが、その事件をきっかけに俺は亡霊恐怖症になった。こんな気休めのお守りがないと発掘すらできない臆病者だから、俺は誰とも組まないって決めて活動してきた。誰に何を言われても、一人なら問題ないからな」
「……私、今の話を聞いてわかったわ」
「何がだ?」
「私とフィーさんが組めば最強ってこと!」
そうきっぱりと言い切って、シュイはニッと満面の笑みを向けた。
正直、どう反応していいのかわからなかった。今の話の何を聞いて解釈すればそう思えるのか。あまりにも自信満々に言うものだから、つい吹き出してしまった。
「いやいや、どうしてそうなる?」
「だって、フィーさんは最強の実績があるトレジャーハンターだよ? 私はトレジャーハンターになる前は傭兵をしててね。自慢じゃないけど、一年間に討伐した亡霊は1万を超えるんだから」
「傭兵って、もしかして……〈黄金の獅子〉にいたのか? しかも1万!? サナ、本当か?」
「えぇ、本当です。この記録はテソロ協会にも残っているはずですよ。普通に自慢できる実績ですね」
テソロ協会にはトレジャーハンター以外に、〈黄金の獅子〉と呼ばれる亡霊討伐専門の傭兵部隊も管理している。ドレジャーハンター同様に傭兵としてテソロ協会に登録し、亡霊の出没情報をトレジャーハンターから収集し、円滑に発掘作業ができるよう各地に傭兵を派遣していた。
どんなに腕のいい傭兵でも年間に討伐できる数は1000程度だと聞く。シュイがその若さで傭兵だったことにも驚いたが、それ以上に数が桁違いだった。廃墟での戦闘も、体に合わない大きな魔導銃の扱いに慣れていたことも妙だとは思っていたが、話を聞いて全て納得できた。
「さっきの人、名前なんて言ったかな? あの、三白眼の嫌味な人」
「あぁ、ザムザか?」
「そう、ザムザ! あの人、私達が組んで悪いことが起きないかなって期待してる目をしてたでしょ。その期待に反して、ぐうの音も出ないくらい稼いでやるの。だから、フィーさん。私とバディ組もうよ」
俺はこの体が動かなくなるまで、たった一人でトレジャーハンターを続けようと思っていた。だが、この瞬間、不覚にもシュイの言葉に心が躍ったのを感じた。
シュイとバディを組めば、群れになって襲ってくる亡霊を一瞬にして消し去る光景が容易に想像できた。その速さも爽快感も、想像の中であっても息を飲むほど圧倒される。あの感覚をもう一度味わってみたいという思いが、俺の心を強烈に惹きつけてしまった。
「ねぇ、フィーさん。私と――」
「わかった」
「えっ!?」
「バディ、組んでみるか」
シュイはきょとんとしてから、眩しいくらいの笑顔を見せて思いっきり俺に抱き着いた。背負っている魔導銃の重みが加わっているせいか、首に回された腕にまで力が込められて息苦しい。
「お、おいっ。苦しっ……!」
「フィーさん、ありがとう! 私、すっごく嬉しい。フィーさんの役に立てるように頑張るからね!」
「シュイ、はしたないですよっ! すぐに離れなさいっ。フィーさんが困ってるでしょ!」
「いいじゃないの。ほら、サナ君も」
頭上を飛び回るサナを素早く捕まえると、胸に抱えたまま再び抱き着く。巨大な蒸気銃の重みに加えて、角ばった分厚い魔導書が胸元を圧迫して苦しさが倍増した。
あまりにもはしゃぐものだから、子供をあやすみたいに背中を撫でて落ち着いたところで引き剝がした。俺がバディを承諾したのがよほど嬉しかったのか、目が合うたびにニコニコ笑っている。たいしたことではないのだが、こうも喜ばれると悪い気はしない。こんな俺でも、喜ばれることがあるのだと久々に味わった。
「ところで、シュイはどこのセクターに住んでるだ? 俺はこのセクターに来て長いが、シュイの姿を見たことはなかったからな」
「えっとね、家はないんだよねぇ、えへへ」
「はぁ?」
サナ曰く、廃墟を求めて各地を転々としてきたらしく、トレジャーハンターになってから一度も定住したことのない根無し草だった。首都にやってきたのはほんの三ヶ月前で、家も借りずに宿を転々とする生活をしていた。もちろん、泊まる金がなくなれば野宿することもしばいしばだという。
「心配しなくても大丈夫だよ。私、強いしサナ君もいるから。今日はこの公園にお世話になって――」
「いやいや、ダメだろ」
座っているベンチを撫でて、さもここで寝ようかと整えるような仕草を前にして声が出てしまった。
シュイが途轍もなく強いことは理解しているが、さすがにこのまま見過ごすわけにはいかない。
心が締め付けられるというか、心配でたまらないというか。今までに感じたことのない感情があふれ出してきた。ひょっとするとこれが父性というやつなのか、娘を心配する父親の気分というのを初めて味わった。
「未成年なんだから、せめて宿に泊まってくれ」
「私、20だよ」
「……20? 16とかじゃ」
「いつも幼く見られちゃうんだよねぇ。サナ君、どうしてだろうね?」
「可愛らしいということです。問題ありませんよ」
今、耳に届いている2人の会話が、言葉として認識できるのに理解できずにいた。
どう見ても、シュイは16・7にしか見えない。小柄で華奢なせいもあるが、顔立ちがどうあっても幼過ぎる。これで酒が飲める歳だというのがどうしても信じられないのだが、だからといって野宿を許していい理由にはならない。
「宿代は俺が払うから、宿に泊まってくれ。いいな?」
「よろしいのですか? 助かります」
「またフィーさんに借りができちゃったね……私、明日からたくさん働くね!」
どこか自慢げに胸を張るシュイの姿に心躍る反面、一抹の不安がほんの少しだけ見えた気がした。