いわくつき少女と魔導書(4)
シュイがバディを組まない――いや、組めない一番の理由は案の定、見た目からは想像できない大食らいのせいだった。
ハンターを始めた頃はバディを組んでいたものの、受け取った報酬はほぼシュイの食事代に消えてしまっていた。稼ぐどころか食事代だけで借金やツケがかさむため、生活していけないと何人ものバディが逃げてしまい、一人で行動せざるを得ないというわけらしい。
「こんな話聞いて、なおさら嫌になっちゃったと思うけど……フィーさんにちゃんと返したいから、同行させてほしいの」
「……さて、どうしたもんかね」
困ったと口にしながら、脳裏には廃墟でのシュイの姿が浮かんでした。
俺自身もシュイと同じように、訳あって長年バディを組まずに発掘をしている。高い発掘率と五年以上の単独行動実績があれば、特例としてバディがいなくてもテソロ協会から登録を解除されることなく活動を許可される。一〇年以上、経験がある俺としては今後も一人で問題ない。ただ廃墟でのシュイの戦いっぷりを見ると、一人よりもかなり効率が上がるのではないだろうか、なんて少しだけ欲が出た。
「へぇ。さっきの話は本当だったみてぇだな」
聞き覚えのある声が、店内を飛び交う談笑の間を縫って耳に届いた。
威圧するような気配が近づき視界に影が落ちた。うんざりしながら滑らせるように見上げると、長い黒髪を後ろで一本に結った三白眼の男が、嫌味ったらしい笑みを浮かべて見下ろしている。同期のトレジャーハンター、ザムザ・ナバルナだ。
駆け出しのトレジャーハンターだった頃は、廃墟を巡って競っていたのは遠い昔のこと。顔を見れば嫌味を言われるのがどうにも鬱陶しくて、今では鉢合わせないよう避けていたのだが、今日は色々あってザムザにまで気を回せずにいた。久々に近くで見たが、相変わらず図体がでかい割に細いから気味が悪い。
「よぉ、ザムザ。しばらくぶりだな」
「何言ってやがる。先週、街の入口で会ったろう」
「そうだったか? 悪い、興味のないやつのことは覚えてないんだ」
いつも嫌味を言われているから先手必勝で言ってやった。少しだけムッとしていたようだが、すぐに気味の悪い笑みを浮かべた。品定めをするみたいにシュイと俺を交互に見ては、クククッと不気味に喉を鳴らした。
「さっき、行きつけの飯屋のオヤジが面白そうな話をしててな。暴食のオルティスとバディを組んだやつがいるってな。しかもそいつがフィデル・アルヴァだって聞いて耳を疑ったが、まさか本当だったとは驚きだ!」
「1つ訂正しておくとな、まだ組んじゃいない」
「んあ? そんなことどうだっていいんだよ。何が面白いって、お前と行動を共にしてるやつがいるってことだ」
再びシュイを見下ろし、前屈みになってぐっと顔を近づける。反射的に拒絶反応が出たのか、シュイも苦々しい顔をして身を仰け反らせて距離をとった。
「本当、面白いなぁ。バディ殺しにバディができるとはな」
「バディ殺し……それってフィーさんの噂の――!」
そこまで口にしてシュイはハッと口に手を当てた。どうやら俺が一〇年以上、バディを組まずに行動している理由を知っていたのだろう。まぁ、それも当然といえば当然だ。この一〇年、俺の話を面白おかしく吹聴して周っていたのは目の前にいるザムザに他ならない。
「暴食のオルティスとバディ殺しのフィデルがバディを組むとは! いやぁ、これは面白いことになったな」
「わかった、わかった。勝手に面白がってろよ。シュイ、もう食い終わっただろ? そろそろ出るぞ」
「う、うん!」
立ち上がろうとした瞬間、ザムザはシュイの肩を掴んで阻止した。触るなと言わんばかりにキッと睨みつけるシュイの反応を楽しんでいるのか、ザムザはヘラヘラ笑って顔を近づけた。
「あんたも、こいつに裏切られないように気をつけろよ?」
「そんなこと、あなたに関係ないでしょ?」
「あぁ、確かに。オレの知ったことじゃねぇわな。クケケケ」
ザムザは肩を小刻みに揺らし、こちらにまんまるに丸めた猫背を向けて店を出ていった。
背中だというのに嫌味たらしさは半減することはなく、むしろ増したくらいだ。俺がそう感じている以上に、シュイの方がそれを強く感じ取ったのだろう。膨れっ面で目を細めて睨みつけていた。
「何あれ、すっごい腹立つ! フィーさん、あの人とどういう関係なの?」
「同期のトレジャーハンターってだけだよ。このままここにいると戻ってきそうだから、さっさと出るぞ」
馬が合わないヤツの顔ほど、一日に何度も見たくないものだ。残像のように残る気配すら鬱陶しくて、荷物をまとめて席を立った瞬間、すかさずサナが目の前に立ちはだかった。
「フィーさんのことは、シュイがトレジャーハンターになった頃から噂は聞いていました。テソロ協会に所属するすべてのトレジャーハンターの頂点に立つ凄腕であること。それから、先ほどの通り名も……あれは本当なのですか?」
「とりあえず、店出ようか」
近くを通りかかった店員に代金を渡し、足早に店の外へ出た。しばらくフラフラと通りを歩き、行き交う人々の間を縫うようにただただ先を急いだ。
一向に立ち止まる様子もなければ話す気配もなかったせいか、痺れを切らしたサナが俺の前に回り込んでふわふわと漂った。
「フィーさん、さきほどの話ですが……」
「あぁ、そうだな。本当なんだろうな」
郵便屋とパン屋の間に、申し訳なさそうに作られた小さな公園に立ち寄った。
錆びついたフェンスで囲まれた公園内を子供達が楽しそうに駆け回る姿を横目に、大きなアカシアの木下に設置されたベンチに腰を下ろした。こちらから促す前にシュイは躊躇う様子もなく、拳一つ分ほど距離を置いて隣に座った。
自らのことを進んで話すつもりはなかったが、ザムザが余計なことを口にしたせいで言わざるを得ない空気を作られてしまった。かといって、話さなければサナにしつこく問い詰められそうだ。あまり気乗りはしないが、少しだけ昔のことを話すことにした。
なぜ俺が〈バディ殺し〉と呼ばれるようになったのか――10年前、俺には幼馴染のバディがいた。
名前はエクトル・グラシア。物心ついた頃からずっと一緒で、遊びも悪戯も、冒険を夢見て怪我をするのも、どんなこともエクトルと共に経験してきた。同じものを見て同じ時間を過ごした影響なのか、俺とエクトルは世界中に埋まったかつての文明を掘り起こし、失われた歴史を取り戻すことが互いの夢になっていた。
必死に勉強して知識を身に着け、無謀だと周囲の大人たちに言われながらも故郷を飛び出し、世界を転々としながら遺産の発掘と調査に明け暮れた。
発掘稼業も板につき、少しばかり名声と財を手にし始めた頃、ある遺跡の調査中に亡霊の群れに襲われエクトルが命を落とした。その時、俺はエクトルを置き去りにして逃げた。ずっと一緒に育ってきた幼馴染を見捨てたんだ。