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いわくつき少女と魔導書(2)

「おいっ、どこまで行く気だ!」

「すぐそこです! あぁ、無事でいてください……」

 

 崩れそうな建物の間をすり抜け〈廃墟〉の奥へと突き進む。入り口付近の建物は大半が埋もれていたが、一際大きな砂山を乗り越えた先には直径500メートルほどの窪地が広がり、巨大なオアシスに守られた一角が出現した。

 灼熱の陽射しから木々が建物を守っていたおかげか、野晒しになって朽ち果てた役所とは打って変わって、そこにある家屋や施設は、つい数年前まで人が住んでいたような気配を感じさせる。

 

「こちらです!」

 

 魔導書が案内したのは、空に向かって枝葉を広げる巨木の根元だった。巨大なタコの足みたいにうねりながら地を這う根と根の間に、大人の男が通り抜けられるほどの穴がぽっかりと開いていた。

 

「我が主がこの穴の底に落ちてしまったんです!」

「お、落ちた!?」

「はいっ」

「もしかして、サナ君!?」

 

 真っ暗な穴の中から声が聞こえた。落ちないよう体を支えながら覗き込むと、深さ一〇メートルほどの穴の底に一人の少女がこちらを見上げて立っているのが見えた。

 魔導書の話よると、彼女も俺と同業のトレジャーハンターらしく、またまた見つけたこの〈廃墟〉を探索し、気温が上昇したため休憩しようと巨木の根元へと涼みにやってきたところ、崩れて穴が開いていたことに気づかずに隙間から落ちてしまったらしい。

 

「お前、魔導書だろ? 術か何かで引き上げられなかったのか?」

「僕は治癒術と防御に特化した光属の魔導書ですので、彼女が命を落とさないよう治療することしかできなくて……」

「あぁ、なるほど。物理的な魔術は専門外だったわけか。この暑さだから、モタモタしてると蒸し焼きになっちまうな……お前の主はいつ、ここに落ちたんだ?」

「2日前です!」

「2日!? それを早く言えっ」

 

 持参していたロープを鞄から引っ張り取り出し、石のように固く地中に食い込んだ木の根に巻き付けてしっかり固定して準備完了。

 同業のトレジャーハンターは不測の事態に備えて単身での発掘はしないのだが、俺は10年以上独りで仕事をしている。そのため、一人で這い上がれないような洞窟や地中深く埋まった〈廃墟〉には極力行かないようにしていたこともあって、持参していたロープも比較的短いものばかりだったが、幸いなことに、穴が浅かったこともあって何とか彼女のいる場所まで届いた。


「掴んだか!」

「は、はい! 掴みましたっ」


 反響する俺の声にかぶせるように、彼女の声が返ってきた。いつでも大丈夫だと、こちらに向かって手を振れるところを見ると、体力もあるし怪我をしている様子もなさそうだ。


 「よし。引き上げるから、離すなよ!」


 滑らないようロープを手に巻き付けるように持って引き上げた。スルスルと引き上げられるイメージをしていたのだが、想像以上に重たい。上から見ているから多少小さく見えるのかもしれないが、それでもかなり華奢に見える。上からは確認できないが、〈廃墟〉で発掘した遺産でも抱えているのだろうか。いや、そう仮定しても重すぎる。

 この稼業について10年以上経つし、その間に身についた筋力にもそれなりの自信はあった。だから、華奢な少女一人持ち上げることなんてわけはない。

 ロープを手繰り寄せる時に使う筋肉の動きや力の入れ具合は、自分の体重よりもはるかに重い瓦礫や砂礫を運んだり引きずったりする時と同じ感覚なのがわかる。少女一人引き上げるのに苦戦しているのは、単に疲れているからなのか、それとも歳のせいなのか。その答えは姿を現した彼女を見てはっきりした。


 「はぁぁぁ……2日ぶりの地上だぁ。嬉しい!」

「よかった! 本当に良かったです!」

「わぁ、サナ君! 心配かけてごめんねぇ」


 穴から出てきた彼女は安堵の溜息をつき、飛び寄ってきた魔導書を嬉しそうに抱きかかえて俺の前にぺたんと座り込んだ。暑さのせいか大した作業でもないのにどっと疲れが襲った気がして、俺もその場に座り込んだ。


 「あんた、2日もあそこにいたんだろ? 怪我とか大丈夫か?」

「その辺は大丈夫! サナ君が治してくれたし、水と食事だけは運んできてもらってたから。引き上げてくれて、本当に助かりました!」

「あぁ、いやいや、ご丁寧にどうも」


 正座をしながら深々と頭を下げられたものだから、ついつられて同じように頭を下げた。

 上から覗いた時も小柄だとは思っていたが、間近で見るとその小ささや細さがよくわかる。マスクをしているから何とも言えないが、声の感じや体格から想像するに、歳は十六・七歳くらいだろうか。それ以上に目を惹いたのは彼女の姿だ。

 眩い黄金の砂漠でも見失わずに見つけられそうなほど、透き通った白い肌と絹のように輝く白金色の長い髪は見惚れてしまうほどだ。身なりは真っ赤なワンピースと黒革のコルセットとロングブーツという、砂漠をゆくトレジャーハンターとは到底思えないような派手で強烈な印象を残す恰好だった。

 顔の半分がガスマスクで隠れているものの、レンズ越しに見える琥珀色の瞳は大きく可愛らしい顔立ちなのが容易に想像できる。そして彼女がその身に背負っていたのは、銃身が4つ束になった仕様の、己の身の丈と同じくらいの大きな魔導銃。重いと感じた理由は、どうやらそのせいだったようだ。


 「見たところ大きな怪我はしてなさそうだが、念のため医者に診てもらった方がいい。ここから一番近い街でも一〇キロはあるが、辿りつけそうか?」

「んー、多分大丈夫かな。体力は残ってると思うの」

「そうか。それじゃ、街までの経路を調べて送るよ。そのガスマスクの通信機能は?」

「もちろん、搭載済みだよ」

「よし。じゃあ、登録番号を――」

 

 右こめかみの辺りについたダイヤルに手を伸ばした時、辺りの気配が変わったのがわかった。空気がヒリヒリとひりつくような、そして這い寄るような緊張感。灼熱で焼けるような陽射しの中で、鳥肌が立つような悪寒が走る。恐怖という目に見えない感覚が形を成して背筋を撫でるこの感覚は間違いない。

 空気の中に気配を感じた直後、獣が唸るような声が背後から聞こえた。見るなと拒絶する思いとは裏腹に、体はゆっくりと声の方へと導かれる。視線の先にある傾いた建物の陰からジワリと滲み出るように、人間の形をした黒い影がぬるりと姿を現し、砂金を散りばめたような怪しい目が俺をしっかりと捉えた。


 「〈亡霊(レムレース)〉! どうして……俺の周囲には近づいてこないはずなのにっ」

 その場からさっさと逃げればいいものを、気が動転していたせいかいつもの癖でベルトに括りつけたお守りに手を伸ばしていた。あれを握れば冷静さを取り戻せる――そう思ったのだが、どういうわけか括りつけられていたはずのお守りがどこにもない。

 慌てて辺りを見回すと、彼女が落ちていた穴の傍に、真二つに割れたお守りが落ちているのを見つけた。どうやら彼女を引き上げている時に外れ、誤って踏みつけて壊してしまったらしい。


 「どうしてこんなことに……」


 頼みの綱のお守りを失い、頭が真っ白になったまま茫然と亡霊の姿を見ていた。

 いつから存在するのか、どこからやってきたのか。〈亡霊〉と呼ばれるその正体は未だ解明されていない。街から街へと往来する旅人や、廃墟を巡るトレジャーハンターを襲っては、その体を乗っ取ろうとする形なき生命体。いや、生きているという概念を当てはめられる存在なのかさえわからない。

 身に着けていたアメジストのお守りは、亡霊から気配を感じ取られない特殊な魔術がかけられたものだった。亡霊に襲われて命を落とさないよう、体を奪われないようにと持っていたのだが、壊れてしまってはもともこもない。その効力が失われたせいか、俺と彼女の存在に気づいた亡霊達がぞろぞろと集まってきた。

 彼女はうんざりしたような溜息をついて、よろよろとふらつきながら立ち上がった。何をするのかと思えば、準備運動でもするかのように腕や首を回して凝り固まった体を解し始めた。


「私達が騒いだから誘き寄せちゃったのかもしれないね。サナ君、ちょっとお掃除しちゃおうか」

「その方が良さそうですね。申し訳ありませんが、あなたもお手伝いいただけますか?」

「ま、まずい……あれがないと……」


 魔導書が俺に声をかけているが、その声は耳に届いているだけで反応することができない。強烈な震えが全身を駆けぬけ、四肢から力を根こそぎ奪い去っていく。立ち上がりたいと頭では思っていても、体はその場に縛り付けられたように動かなかった。その状況を見た魔導書は驚いた様子で俺の傍をぐるぐると回った。


「ちょっと、冗談ですよね!? あなたトレジャーハンターでしょ? 亡霊相手に腰抜かしたとか言いませんよね?」


 答えられなかった。今の俺の頭の中は〝どうやって逃げるか〟という答えしかなかった。

 座り込んだまま震えている俺を見下ろす魔導書からは、あからさまな呆れと苛立ちを感じる。そんな魔導書を宥めるように、彼女が俺と魔導書の間に割って入った。


「サナ君、大丈夫! 助けてもらったお礼に、私が全部お掃除しちゃうから。お兄さん、ここは私に任せて」

「あっ、いや……お、お、俺は……」

「いいから、いいから。そこから動かないように!」


 そう念を押して背を向けると、にじり寄る無数の亡霊達に対峙した彼女は、背負っていた巨大な魔導銃を素早く小脇に抱え直し身構えた。


「サナ君、援護お願いね!」

「お任せを」

「それじゃ、行くよ!」


 こちらの殺気を感じ取ったのか、集まって来た亡霊達がいっせいに唸りを上げて襲いかかってきた。

 魔導書は素早く彼女の頭上へ移動し。閉じていたページを開いた。その瞬間、太陽の陽射しよりも眩く、目が眩むような銀色に輝く光を放つ。粒子となった光が魔導銃の銃身へと集まり吸収されていく。


 「お兄さん、絶対に動いちゃだめだからね!」


 再度念を押した直後、彼女は魔導銃の引き金を引いた。

 4つの銃口から放たれた光の弾丸は、光の尾を引きながら目にもとまらぬ速さでかっ飛ぶ。その華奢な体と身なりからは想像ができないほどに、魔導銃を構える姿は勇ましく美しいと感じるほどで、俺は無意識のうちに息を吞んでいた。

 体感にして、おそらく時間は十数秒。群れを成して襲いかかってきた亡霊達は、彼女の持つ魔導銃が放った光の弾丸に撃ち抜かれ、跡形もなく消え去った。

 周囲に満ちていた禍々しい気配は消え、じりじりと照り付ける灼熱の陽射しが頭上から降り注ぐ感覚が戻ってきた。


「うん、お掃除完了! お兄さん、もう動いても、だぁいじょーぶぅ……?」

「うわっ、おい!」


 元気よく振り返ったとたん、彼女は足から崩れ落ちた。咄嗟に受け止めたものの、腰が抜けて足が笑っていたせいで、彼女を抱き留めたまま仰向けに倒れた。突然のことに魔導書もあたふたと飛び回っていた。


「大丈夫ですか! ちょっとあなた! もっとしっかり受け止めてくださいよっ」

「そんなこと言われても……痛ってぇ。おい、大丈夫か?」

「私はぜんぜん、平――」


 そこまで言いかけたところで、会話に割り込んだのはギュルルルと唸る音だった。

 体の上にのしかかっている彼女と俺の腹の辺りから響いているようで、わずかな振動すら感じた。音の正体に首を傾げていると、それは再び鳴り響く。紛れもなく、それは彼女の腹から響いていた空腹の訴えだった。


「……腹、減ってるのか?」

「えへへ、ごめんなさい。2日間、まともに食べてないので」


 よほど腹が減っているらしく、こうして話している間も腹の唸りは一向に治まらない。はやく食べさせろと言わんばかりに鳴り響くものだから、彼女は恥ずかしそうに視線を逸らして俺の胸に顔を埋めた。


「ご、ごめんなさい!」

「いやいや、腹減って当然だろ。そうだ。亡霊片付けてくれた礼に、飯おごらせてもらえないか?」

「えっ!」


 力なく倒れていた彼女が、飯の話をしたとたんに勢いよく顔を上げた。ガスマスクの向こう側にある大きな目をよりいっそう大きく見開き、体を起こして彼女の服についた砂埃を払っている間も、期待の混じる眼差しをこれでもかと向けてくる。まるで腹を空かせて迷い込んできた子犬みたいだ。

 どこか無邪気で緊張感のない彼女のおかげか、さっきまで全身を縛り付けていた震えも消え、足腰に力が戻ってきた。


「あの、本当にご飯奢ってくれるの……?」

「そんな盛大な音聞かされたら、奢らないわけにはいかないだろ。助けてくれた礼をさせてくれ。えっと……そういえば名前聞いてなかったな。俺はフィデル・アルヴァだ。あんたは?」

「シュイです! えっと、こっちが光の魔導書のサナ君」

「正式にはサナレ・リブルークス・アルマンダインです。シュイにはサナと呼ばれています」


 シュイに手招きされたサナは、フワフワと彼女の傍までやってくると、俺に向かって会釈するように軽く傾けて見せた。


「シュイに、サナだな。それじゃ、街まで引き返すか」

「あっ、でも、いいの? ここにはトレジャーハントに来たんだよね?」


 シュイは申し訳なさそうに、俺の荷物を横目でちらりと確認した。

 着いて早々にサナから助けを求められたおかげで、手に入れたのは役所跡で見つけた地図球のみ。あれ1つでもかなりの報酬は見込めるが、移動距離からするともう少し戦利品が欲しいところ。だが、亡霊除けのお守りも壊れてしまったとなれば、この場所に長居は無用だ。


「まぁ、場所も記録したからな。調査はまた別の日に来るから心配すんな。亡霊が来る前に、さっさと戻ろう」

「うん! フィーさん、行きましょ」


 本当に2日も穴に落ちていたとは思えないほど、シュイは勢いよく立ち上がって駆け出した。もしかして、飯代を浮かせるためにわざと穴に落ちたふりをして、亡霊が現れたところを退治して恩を売る……なんて罠を仕掛けたのではないかと、ありもしない想像をしながらシュイの後を追った。

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