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いわくつき少女と魔導書(1)

 額に滲む汗を拭いながら溜息を一つつき、遮るもののない広大な黄金の砂漠のど真ん中で、蒸気式サンドバギーを停車させて空を仰ぎ見た。

 ガスマスクのレンズ越しに見える空は、溜息が出るほど青く透き通った雲一つない晴天。ジリジリと唸る音が聞こえそうな灼熱の陽射しに目を細めた矢先、〝摂氏45度。大気温度が上昇しています。日陰に避難してください〟と、赤い文字が点滅しながら視界を遮るようにガラスに浮かび上がった。

 明確な数字を突きつけられると体感温度が増したような気がして、うんざりしながら二度目の溜息をついた。


 「はい、はい。わかってるって。あと少しで目的地に着くんだから、それまで待ってろよ」


 ぶつぶつと文句を捨て吐きながら、空に向けていた視線を黄金の砂漠の地平線へと落とした。ゆらゆらと激しく揺れる陽炎の向こうに、ぼんやりと集落のような形を捉えた。上着のポケットに押し込んでいた紙の地図を開き、方角を確認しながら印をつけた場所を指先で弾いた。


 「あと1キロってところだな」


  誰かが相槌を打ってくれるわけでもなく、「もう少しだから頑張れ」と奮い立たせるようにつぶやきながら肩にかけた鞄の紐をかけ直し、蒸気エンジンをふかして脆い黄金の砂を走らせた。

 陽炎の海を越え、辿り着いたのは砂に埋もれた都市の跡〈廃墟(エリピア)〉――500年以上も遠い昔、かつては人が暮らしていたその場所も、今はただ静かに灼熱の陽射しを一身に受け、砂に埋もれて朽ちていくのを待つだけの過去の産物。だが、俺にとってはお宝の山だ。


 「この二重の円に筆記具のマークは……役所か。ということは、今見えている以外にも埋まってんな」

 〈廃墟(エリピア)〉の入口付近に埋まっていた大きな金属片を見て期待に声が弾んだ。


 俺が立っている場所から目視できる建物は、ざっと見て10棟ほどある。役所があるならば、それなりに大きな街だったということが想像できる。今の今まで、誰にも見つかることなく砂に埋もれているのだとすれば、手つかずの〈遺産〉が眠っている可能性は十分に高いと見た。

 逸る気持ちを抑えつつ、蒸気式サンドバギーを置いて崩れた役所らしき建物の入り口から中へと入った。頭上から容赦なく照り付けていた陽射しが遮られた瞬間、冷気に包まれたように体感温度が一気に下がって、思わず安堵の笑みが浮かんだ。


 「はぁ……生き返る。これだけ涼しければ作業もはかどりそうだ」


  調査や発掘をするにあたって、作業の妨げになる最大の敵は灼熱の暑さだ。完全に埋もれた〈廃墟〉を掘り起こすとなると、自分の体力だけではなく暑さから身を守ることも注意をはらわなければならいが、建物が地表に出ている場合は掘り起こす手間が省けるうえに、灼熱の陽射しからも解放されるからありがたい。


 「さて、と。見たところ、何も残ってなさそうだな。ここまできて収穫ゼロは勘弁してくれよ……ん? おっ、まだありそうだな」


 ぐるりと辺りを見渡し、室内の隅に下へ続く階段を見つけた。脆くなった床を一歩ずつ慎重に確かめながら階段までやってくると、恐る恐るその下を覗き込んだ。

 階段は崩落することなく、真っ直ぐ地へ向かって伸びている。地中に埋まって陽の光が届かないその空間は、目を凝らしても先に何があるのか確認できないほどに暗い。

 誰も踏み入れたことのない場所への好奇心、仄かに漂う危険な匂いに砂粒ほどの淡い恐怖心を抱きながら、ゆっくりと階段を下りた。

 階段の先には上の階と同じ広さの部屋が一つあるだけだった。役所跡ならば街の成り立ちや住民の記録が残っていると期待したが、それらしき資料は見つかった。

取り残された書物が数冊ほど棚にあったが、指先が触れるだけでボロボロと崩れ落ちる。足元に散らばる成れの果てを見たとたんに溜息が出た。肩を落として視線をふと右へ向けると、崩れそうな棚の奥に錆びついた正方形の鉄の塊が見えた。一見すると置物のようにしか見えないのだが、それは紛れもなく〈魔導機械〉だった。


 「嘘だろ、地図球(ガドラン)じゃねぇか!」


  手に取ってみるものの、うんともすんとも反応はない。壊れているか、あるいは魔力不足で起動しないだけなのか。

 古い文献にある記述によれば、この手のひらにすっぽりと収まるほどの塊の中に地図が保存されているとある。役所だったこの場所に残されていたということは、周辺地帯の地図であることは間違いない。もしも壊れていなければ、失われていた地上の地図がまた一つ見つかることになる。


 「これは高く売れそうだな。こういう発見があるから、この稼業は面白い」

 

 衝撃で壊れないようしっかりと布に包んでから鞄にしまった。

 今から約500年前――巨大隕石の落下によって大気は汚染され、地殻変動によって地上は砂漠に覆われた死の大地へと変わった。

 世界に満ちていた魔力の均衡が崩れた影響が大きく、繁栄を極めた魔術と機械を融合させた魔導機械文明は終わりを告げた。そして人々は地上での暮らしを捨て、地下へと生活圏を移した。

 それから500数十年の歳月が経った。人々は発展させた蒸気機械と、僅かに残る魔導機械技術を頼りに今も地下での生活を続けている。ただ、荒廃した世界での資源確保は困難を極める。そこで人々は、かつて繁栄していた地上の世界へと、資源と過去の産物を求めて繰り出した。


 昼も夜もわからない薄暗い地下都市での生活に気が滅入る時もあるが、ガスマスクがなければ歩くこともできない摂氏六〇度を優に超える灼熱の地上よりはマシだ。そんな過酷な地上で、かつて都市だった成れの果て〈廃墟(エリピア)〉を見つけ、失われつつある高度な魔導機械〈遺産〉を発掘するのが、俺が生業としている〈トレジャーハンター〉の仕事だ。

 発掘中に〈廃墟(エリピア)〉が崩れることもあるし、灼熱の熱波にやられて命を落とす者もいる。常に危険が伴う仕事ではあるが、発掘した〈遺産〉はトレジャーハンターが所属する〈テソロ協会〉が高額で買い取ってくれるから、地下都市でも不自由なく暮らせる。もっとも、俺がこの仕事を続けるのは贅沢な暮らしがしたいとか、稼ぎたいという安易な理由ではない。


 「ここにあるのは……これくらいだな。次の場所行くか」

 

 砂の中に埋まっていて雨風に晒されていないといっても、数百年という歳月はそこにあるものを土へと還してしまう。〈地図球〉は大半が金属で構成されていることもあって、歳月という時間を越えて残ることができたに過ぎない。

 次なる収穫を求めて地上へ上がり、役所の外へと出た。役所の建物は半分ほど地上に出ていたものの、他は大半が砂に埋もれていて掘削用の魔道具を使って掘る必要があった。

 テソロ協会が大型の魔導掘削機を開発したと、数日前に協会員から聞いていた。大規模の発掘が必要になった時、要請すれば協会員と技術者が駆けつけてくれるというのだが、いまいち信用できないでいる。


 「まだ試作段階だと言ってたからな。下手したら、貴重な〈廃墟(エリピア)〉や〈遺産〉が壊される可能性もあるよな」

 

 要請をすべきか否か、腕を組んで悩んでいた時だった。風の音に混ざって、ガサガサズササと物音がした。建物が崩れるような音にも似ているが、明らかに生き物が駆け回るような音だった。


 「今の音は、もしかして……!」


 嫌な予感がして、腰のベルトに括りつけたお守りをとっさに握りしめた。直径三センチほどの丸く磨き上げられたアメジストに、鏡と閉ざされた瞳を象った紋様が刻まれているもので、発掘に出かける際には常に見つけている大事なものだ。

 違ってくれ、聞き間違いであってくれと、何度も頭の中で唱えた。指先が氷のように冷え、冷や汗が溢れるのを感じながら、音が聞こえた方へ視線を集中させる。すると――物音が聞こえた数十メートル先の建物の陰から、一冊の本が飛び出した。


「えっ!? ほ、本?」

「あっ! そこのお方!」


 黄金の砂漠に浮かぶその本は、全ての光を反射させるほど真っ白で、金色に輝く獅子の顔の装飾が施されていた。

 一瞬、熱さにやられて幻覚でも見ているのかと疑った。何が起きているのかと困惑していた矢先、その本がこちららに向かって真っすぐ飛んできたかと思えば、切羽詰まった様子で周囲をグルグルと飛び回った。


「あぁ、よかった! その身なりはトレジャーハンターですね! お願いです、助けてくださいっ」

「はぁ!? もしかして、魔導書か?」


 実物を見るのは初めてだった。

 世界に満ちる魔力が弱まった影響で、高度な魔導術は消えつつある。特に魔力の塊と言っても過言ではない魔導生命体の魔導書は、存在し続けること自体が難しいと聞く。まさか生きているうちにお目にかかれるとは思わなかった。


「本当に魔導書なのか? いや、ひょっとしたら俺を騙そうと……そうだよな。本が人間みたいに喋るわけがないんだよな」

「僕のことはどうでもいいんです! 一刻を争う事態ですので、どうか手を貸してください!」

「手を貸すって?」

「説明は省きます! こちらですっ」

「おいっ!?」


 魔導書が勢いよく開いたとたん、真っ白なページの中からニュッと腕が飛び出し、俺の胸倉を掴んで物凄い力で引っ張った。抵抗する間もなく、ズルズルと引きずられるように廃墟(エリピア)の奥へと連れていかれた。


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