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回顧-2

 今のアナスターシアも、最初は必ずと言っていいほど訪れる死に抗っていた。


 それでも、いくらか繰り返したところで気が付いてしまったのだ。――何をしても無駄だと。


 それでも彼女は諦めていなかった。


 しかし、彼女が発狂する前の人生でのこと。

 彼女は今回の人生で、何もしなかったらどうなるのか気になって、登校して授業を受けて下校するという生活を繰り返した。何か言いがかりをつけられても黙っているだけにした。


 ――死ぬといっても今までのことで慣れてしまったわ。それに、何が起ころうときっと今までよりましだわ。

 彼女は高慢さを失っていなかった。


 運命のその日、卒業パーティーで例の茶番劇が始まることはなかった。

 彼女は大いに喜んだ。帰りの馬車で、思わず嬉し涙をこぼしてしまうくらいには喜んでいた。

 今まで繰り返してきた中で、断罪の真似事をしないことがなかったから。

 やっと先に進むことができるのねと、そう思っていた。


「アナスターシア、起きてるか?」

 ばつの悪そうなテレンスが自室を訪ねてきた。

 アナスターシアは無防備にも兄を部屋へ迎え入れてしまった。

「お兄様?どうしたの?」

 アナスターシアは今までのことを謝られるのだと、勝手に思っていた。しかしテレンスが謝るなんて殊勝な考えを持っているはずがなく、しおらしくなったふりをして妹の部屋にもぐりこんだ。


 足取りのおぼつかない兄に気が付いたアナスターシアは、カウチに兄を座らせた。酒を飲んだであろう彼は、先程とは打って変わってずいぶんと機嫌がよさそうだった。


「急にどうしたの?」

「ステイシー……」

 呼んだこともない愛称で、それもとびきり甘ったるい声色で彼はアナスターシアに囁いた。

 アナスターシアは酔っ払いなんてこんなものだと知っていたため、彼の酔いを醒まさせようとベットのサイドテーブルにある水差しを取ろうとベッドへ向かった。


「アナスターシア……いや、ステイシー、お前は隙だらけだな」

 目を閉じるほどの時間で、テレンスはアナスターシアをベッドに押し倒した。

 アナスターシアは血の気が引いた。

「お兄様、何を……」

「私たちが何をしても表情一つ変えないから、気になったんだよ……何をしたらそのすまし顔を崩せるかって」

 アナスターシアはテレンスのギラギラとした目付きに危機感を覚え、咄嗟に大声を出そうとした。

 しかしテレンスが彼女の口を塞いだ。

 焦る彼女に反して、テレンスは嬉しそうにアナスターシアのネグリジェの裾をまくった。

 アナスターシアは兄が過ちを犯さないよう、必死に抵抗した。手を振り上げ、彼の頬を叩こうとしたが既のところで避けられ、長く伸びた爪だけが頬を掠めた。

 いざ感情を見せるようになったアナスターシアが面倒になったのか、テレンスはアナスターシアを躊躇なく殴った。

 アナスターシアはそれでも諦めず、足を使い彼を退けようとした。

 テレンスはそんなアナスターシアの抵抗をものともせず、アナスターシアの顔を、馬乗りになって殴り続けた。

 

 やっと静かになったアナスターシアの顔は無惨にも腫れ上がり、唇は切れて血が流れていた。

 それでも彼女の目は輝きを失っていなかった。涙がはらはらと目尻から零れ落ちる。テレンスはその涙を拭い取り、額に口付けをした。

 ――幼い頃のように。


 二人がまだ仲の良かった頃、夜になっても眠らないアナスターシアをテレンスがよく寝かしつけていた。絵本を読み終わり、子守唄を歌ってうとうとし始めたアナスターシアへ、最後にテレンスは口付けていた。

 そんな幸せだった頃の記憶がアナスターシアの脳裏に(よぎ)った。

「お願い、おにいさま……やめて…………」

 アナスターシアのか細い懇願の声は聞き入れられることなく、彼女は実の兄によって穢されてしまった。

 今まで、結婚したとしても体を許すことは無かったというのに、テレンスは――実の兄は、軽々しくアナスターシアの体を暴いてしまった。


 翌朝、目が覚めるとまた最初に戻っていた。



 アナスターシアは心が折れてしまった。

 いくら自分に厳しい兄とはいえあんな事をするとは思っていなかった。


 アナスターシアは自分を抱き締めて泣きじゃくった。仲が良かったわけでもなかったけれど、テレンスのことは信頼していた。――家族だから。


 その家族に犯されたのだと思うと、アナスターシアは涙が止まらなかった。


 それがきっかけだった。

 繰り返し殺される辛さにずっと心を殺してから目を逸らしていたのに恐怖が溢れ出して止まらなかった。


 そうしてアナスターシアは狂ってしまった。

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