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回顧-1

 アナスターシアが正気を保てていた頃、その一度目。


 アナスターシアは、目を覚ました。しかし、その目を覚ました体をアナスターシアと呼ぶならば、目を覚まそうとした人格はアナスターシアではない。


 鈴木史織――アナスターシアの体に偶然転生した日本人であった。アナスターシアとして生きていた彼女は、ある日突然前世のことを思い出した。

 そして、ここが乙女ゲームの世界の中だということも。


『クレッセントの誓い』

 主人公のユージェニー・ファーナビーが、容姿の整った紳士たちと恋愛をするという、あまり有名ではないもののクオリティの高いゲームだった。

 物語には当然悪役が登場する。それがアナスターシア・バルフォアだった。


 父親に甘やかされて育った彼女はひどく高慢で、我儘だった。男に囲まれるユージェニーが気に入らないという理由でユージェニーを虐めていた。

 そんな彼女はストーリー終盤で悪事が暴かれ、実の兄に拷問にかけられる。この時、ハッピーエンドなら殺され、バッドエンドなら死なず国外追放となる。

 そうはいっても例のゲームは難易度が低く、バッドエンドに行くことなどそうそうなかった。


 史織は異世界転生という現象に興奮し、この世界で幸せになろうと決意していた。


 しかしゲームでプレイしていた時にはわからなかったことが一つあった。

 それは、主人公が性悪だということ。


 史織がいくら評判を上げたところで入学してからのアナスターシアの悪行を掘り返されてうまくいかなかった。

 史織はいくら努力しても覆らない評判を不審に思い、情報を集めていた。


 すると、不思議なことにいつだってアナスターシアの悪評の出所はユージェニーだった。

 史織は愚かにもユージェニーに直接事情を聴きに行った。


「ア、アナスターシア様、どうしてこのようなことをなさるのですか……!」

 史織が彼女に近づいた瞬間、彼女は髪の毛をわざと乱した。

 彼女の大きな声につられて出てきた攻略対象者たちにいくら事情を説明したところで信じてもらえるわけもなく、史織はあっさりと職員室に連れていかれた。

 弁明は無駄に終わり、彼女は停学処分となった。


 彼女が停学明けに学校へ行くと、やけに冷めた視線が彼女に突き刺さった。

 直接話しかけてくるような猛者はおらず、何が何だかわからぬまま、卒業まで一人で過ごすことになった。


「アナスターシア・バルフォア!」

 渋々参加した卒業パーティーで、彼女は既視感のある場面に遭遇した。当事者であるにもかかわらず、史織はどこか冷めた目で今起こっている事を見ていた。

 彼女は既に逃げる算段を立てていた。前のように父親へおねだりして、明日発つ船のチケットを取ってある。

 この茶番が終わったらこの国を自ら出る予定だった――。



 

「目が覚めたか?」

 彼らの断罪を聞き流し、無事帰宅して眠りについたはずだった。


 それが今――薄汚い部屋の中にいる。

 

「驚きで声も出ないか?」

 そう問いかけてくるのは血がつながっているはずの兄だった。

「ど、どういう……こと、ですか……皆さんおそろいで」

 部屋の中には、兄を含める攻略対象の四人が史織を見下ろしていた。

 辺りを見回すと、不潔なだけでなく物騒な武器がいたるところにあることに気が付いた。

「お前が卑怯にもこの国を出ようとしていると父上から聞いた」

「わ、悪いでしょうか……?」

「罪を償わないというのは悪いことだろう」

 そう言ってテレンスが取り出したのは鋭利な剣だった。

 史織はこれから起こることを予想することなどできなかった。


「ひぃっ……!」

 その剣は躊躇いもなく史織の喉笛に当てられた。

「アナスターシア、私たち手ずから罪を償わせてあげよう」

 史織はおびえながら彼らの顔を見た。

 彼らは心底楽しそうで、それでいて獣のように下卑た笑みを浮かべていた。


 

 「そろそろ反省したか?」

 次に史織が目を覚ましたのは息苦しさによって覚醒せざるを得なかったからだ。呼吸もままならない中、史織は声が聞こえる方向へ顔を向けた。

 第一王子のクリフが彼女の髪の毛を鷲掴みにして汚らしい水へ彼女の顔面を沈めていた。

 ゲームの中では皆紳士を気取っていたけれど、全員こんな下衆な本性を隠していただけに過ぎなかった。

 爛々と輝く彼らの目を見ながら、史織は早くこの時間が終わればいいのにとしか思わなかった。



 結局、彼女は刺し殺された。


 しかし、彼女はまた、目を覚ました。

 懐かしい自室で、目を覚ましてしまったのだった。


 彼女は死に際のあの感覚を忘れたことはなかった。

 だから、今度こそ死なないよう尽力した。


 二回目、彼女は卒業パーティーに出席するのをやめた。

 結果は一回目と同じだった。


 三回目、卒業パーティが始まる前に国を出た。

 しかし、船に出資している攻略対象の一人が手をまわして国を出ることができず一回目と同じ結末を辿った。


 四回目、留学した。

 追いかけてきたユージェニーに嵌められてしまい、殺されたのが攻略対象者ではないだけで凡そ一回目と同じ結末だった。


 五回目、学園を中退した。

 一回目と同じだった。


 六回目、学園を中退し、嫁いだ。

 ユージェニーと攻略対象者に感化された夫に殺された。


 七回目、八回目、九回目、十回目、十一回目、十二回目、十三回目、十四回目、十五回目、十六回目………………。


 彼女は死から逃れることができなかった。


 度重なる死という多大なるストレスで、史織の人格は前世を思い出す前のアナスターシアと溶け合ってしまった。


 そうして今のアナスターシアが生まれた。

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