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結婚詐欺師が堅物騎士を落とした結果

作者: 高良 揚羽

 私はそっと瞳を伏せて一筋の涙を流した。目の前の彼から最も美しく儚げに見える角度で。

 

「どうしよう、アル……」


 一拍置いて目を開け、アルを上目遣いで見上げる。


「お父様が急病で、どうしても一千万ウォル必要なの……。でも、私の稼ぎじゃとても用立てできないっ! このままじゃお父様が……! 私、どうしたらいいの!?」


 状況と理由と要望を簡潔にわかりやすく、かつ具体的な要求を含まないようにまくし立てて、私はわあっと泣き出して手で顔を覆った。

 私の肩にそっと温かい大きな手が触れるのを感じて、「え……?」と私は顔を上げる。

 アルが頼もしい表情で私を見つめていた。彼の黒い瞳は、こちらを安心させるような慈愛に満ちている。


「俺に任せてくれ」

「アル、いいの……?」

「ああ、ジュリーは俺の家族になる人なんだ。ジュリーのお父上なら、俺の家族同然だ」

「……っアル、本当にありがとうっ!」


 私は彼に抱きついて嗚咽する。

 そして、彼の胸の中でこう思う。


(チョッッッッッッッロ! 結婚を匂わせた相手が突然金銭を要求してくるなんて典型的な結婚詐欺の手口でしょうが!)


 そう、私は結婚詐欺師で、アルは詐欺のターゲットであった。

 これまでで一番チョロく、大金を要求しても疑われてることはなかった。


(この男、よっぽど私のことが好きなのね)


 一千万ウォルは、五年は遊んで暮らせる大金だ。それを簡単に渡せるほど私のことが好きなのだ。

 

 アルに目をつけたきっかけは、食堂で彼を見かけたことだった。

 騎士服は着ていなかったけれど、騎士であることはすぐにわかった。身につけているものの質の良さ、育ちの良さそうな振る舞い、精悍な顔立ち、服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体を見れば、当てはまる職業は騎士くらいだ。

 堅物で実直な騎士様――そういうお堅い人ほど、一度惚れたらハマるのだ。

 ナンパに絡まれて困っている振りをして助けを求めれば、いともたやすく連絡先を交換できた。

 警戒心の強い犬を手懐けるように、慎重に気長に、でも時々甘えながら彼に接すると、アルは次第に私に心を傾けていった。


(全く、こんなに騙されやすくて騎士なんてできるのかしらね。……なんて、心配する義理はないわね)

 

 ぱちり、と私は乾いた目をしばたたかせた。手の中に隠した小瓶が軽くなっている。


(あ、目薬がなくなった。補充しないと)

 

「アル、ごめんなさい。お手洗いに行ってくるわ……」


 目元を隠しながらお手洗いに行く途中、隣のテーブルの若い娘たちが何やら雑談で騒いでいるのが聞こえてきた。


「ねえ、シュワルツ様がまた国境の争いに勝ったのですって! さすが王国の盾ね!」

「はあ、私もあの漆黒の瞳で情熱的に見つめられた〜い」

「でも彼って堅物で有名じゃない。お近づきになんてなれないんじゃない?」

「そこがいいんじゃない! 高嶺の花って感じで!」


(ふうん)


 王国の盾、か。私も年若い乙女らしく噂の騎士様に憧れる気持ちはあるが、憧れでは腹は膨れない。


(大事なのは恋でも愛でもない。人生に必要なのは一にお金、二にお金、三にお金よ! 詐欺だって――騙される方が、悪いのよ)


 お手洗いの鏡に映る自分に向かって言い聞かせる。あんなに容易く騙される方が悪いのだ。


(アルの本名はなんだっけ……そうだ、アルフレッド・スミスよね)


 名前を思い出すのも一苦労だ。

 下っ端騎士で、実家はそこそこのお金持ち、無趣味で、貯金はたんまりある。

 私にとって重要な情報はそれくらいだ。


 確かにこの国には王国の盾と名高い騎士団長がいるらしいが、どこかの高名な騎士より、アルの方が(金づるとして)よっぽど私の好みだ。

 席に戻り、ちらり、とアルのことを見やる。そういえば、アルも同じ黒髪黒目だ。


(まあ、よくあることよね。髪と目の色が同じなんて)

 

 しかもたしか英雄もアルなんちゃらという名前だったはずだ。

 英雄と愛称が同じなんて可哀想に、とアルに同情をして、私は仕事(詐欺)に戻った。


 ◇


 髪と目の色が同じなんてよくあること――そう思っていた時期が、私にもありました。


「ジュリー、会えて良かった。突然連絡が途絶えて心配していたんだ」


 私の家に現れて、玄関で私の手を握るアル。満面の笑みの彼には、状況が見えていないのだろうか。


 彼の後ろに控える税務調査官と騎士。彼らの厳しい追及の視線に晒される私。

 騎士は私の詐欺の疑いを、税務調査官は私の脱税を暴くつもりなのだ。


 アルから騙し取った一千万ウォルが、国税庁に目をつけられたきっかけである。現金で受け取ったことで贈与税の未払いはバレないと踏んでいたのだ。

 私は唇を噛む。これまではもっと少額に分けて受け取っていたからバレなかったのだ。

 

(しまった……! アルがあまりにも騙しやすくて思いっきりぶんどってしまったツケがこんなところに……!)


 後悔しても時すでに遅し。

 税務調査官の号令を合図に、家宅捜査は始まってしまったのだった。


 そして、家宅捜査以上の驚きが隣の男からもたらされる。


「シュワルツ団長! 持ち場を変わります!」

「いや、大丈夫だ。彼女のそばを離れたくない」

「はっ! 承知しました!」


 シュワルツ団長、という言葉に私はギギギと音を立てて首を横に向ける。「ん?」と小首を傾げる男は、先日お金を騙し取られた間抜けなアルである。

 シュワルツ団長という呼称が指す人物はこの国で一人しかいない。アルバート・シュワルツ。それは、王国の盾と称される王立騎士団の若き騎士団長の名前のはずだ。

 騎士がアルにその呼称を使ったということは、つまり。


「アルが、アルバート・シュワルツ騎士団長……?」

「ああ、そうだ。君には本当の俺を見てほしくて、わざと本名を告げなかったんだ」


 私は頭を抱えた。


(『本当の俺を見て』ね……。本当の名前を告げてくれていたら、絶対に関わろうと思わなかったわよ……!)

 

 どおりで家宅捜査に訪れた時から、騎士たちから殺意を向けられているはずだ。憧れの上司が結婚詐欺に引っかかっていたら誰でもそうなるだろう。

 よりによって王国の盾相手に詐欺を働いた己の愚かさに呆然としている間に、私の家の中が騎士と税務調査官に暴かれていった。

 

 家宅捜査の結果、実際に納めるべき税金を納めていないとして、私には追徴課税が課され、払えなかった私は破産に追いやられた。

 

 しかし、詐欺罪は認められなかった。私が具体的な要求をしていなかったこと、そして、何より被害者であるはずのアルバートが『婚約者にお金を貸しただけ』とのたまったためだ。


「君がどんな人でも好きだよ、ジュリー」


 私を破産に追い込んだ男が、そして、私が結婚詐欺を仕掛けたはずの男が、婚約者として毎日愛をささやいてくる。無茶苦茶な現実に眩暈がする。

 未だ目を光らせるアルバートの騎士たちに、結婚詐欺ではないと証明するためには、いずれアルバートと本当に結婚しなければならないだろう。


 はあ、と私は天を仰ぐ。

 改めて思う。堅物な男を軽い気持ちで引っ掛けてはいけなかったのだ、と。

 でも、と全財産を失った私は思う。


(案外悪くない結末かしら。少なくともこの男のそばにいれば、飢える心配はないものね)


 重すぎる愛に慣れてしまえば、(金づるとして)理想の結婚相手になることを予感して、私はうっとりと微笑んだ。

以下蛇足


アルバートは騙された自覚は薄いので、同僚経由で結婚詐欺がバレています。

「最近彼女ができたんだ」と頬を染める騎士団長が、しばらくして「彼女が一緒に住みたいといって礼金を渡したところだ」「彼女の兄が留学するらしくて……ああ、お金ならもちろん俺が出したよ」「彼女の父が急病だからお金を届けてくる!」みたいことを言い出して心配していたところに「彼女と連絡が取れなくなった……」と落ち込む騎士団長を見て、「いやそれ詐欺だから!」とブチギレた周りが動き始めたのだと思います。

アルバートは騙された自覚は薄いけど「また会いたいから捜査(調査)しなきゃ」とは思ってます。


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