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篠原渚②

 錆びたドアを開けると、初夏の夜の涼しい風が頬を撫でた。手摺りに近づき、目を閉じてぼんやりとする。気持ちのいい季節だ。人生を終えるのなら、こんな夜がいい。

 手すりから身を乗り出し、地面を見下ろす。インターネットによると、人が落下して確実に命を落とすのは五階かららしい。ギリギリセーフだ、と思ったことを覚えている。うちの学生マンションは五階建てだ。

 この手すりを乗り越えて、手すりを掴む手を離せば、終わり。落ちていく感覚を想像した時、肩がぶるりと震えた。私の生存本能は、未だ健在らしい。そのことがとても腹立たしかった。このまま生きる意味なんてないのに。こんな私が自分の力で生きていくなんて無理なのに。だからここで全部終わらせるんだ。今、ここでーーー!

 手すりを掴んだ手にぐっと力を入れた、その時。





「無理だよ、君には」




 

 びくっとして振り返ると、屋上の中央に背の高い男が立っていた。すらっとした体躯を質の良いスーツに包み、紫色の瞳を細めるその男は、どこか浮世離れした空気を纏っている。ポケットに手を突っ込んだまま、その男はコツコツと靴を鳴らしながらこちらに近づいてきた。そして指輪を何個も付けた手で私の手首を掴むと、そのまま自分の鼻に近づけた。

「ほら、ずっと手すり掴んでたから鉄臭い」

私はしばらく呆然としていたが、ようやく我に返って男の手を振り払った。そのまま荒い息を整えていると、男はにっこりと笑って言った。

「ああごめん、びっくりしたよね。でもおかげで”興が削がれた”んじゃない?」

確かに、男の登場によって先程までの焼け付くような切迫感は薄れてしまっていた。私は男を睨みつけながら、言った。

「あなた誰ですか、なんで、邪魔するんですか」

男は笑みを崩さずに答えた。

「俺はキリカ。邪魔も何も、さっきも言ったけどどうせ君にはできないよ」

その言葉にかっとしたものの、どこかで否定しきれない自分がいた。私には、死への恐怖を乗り越える程の覚悟がない。勇気がない。私には、死ぬことすらできない。

 私が黙っていると、それをしばらく見ていたキリカが口を開いた。

「気を悪くさせてしまったらごめんね。でも俺は、君を助けるために来たんだよ」

 その言葉を聞いた私は、心の中でふっと笑った。ああ、この人、役所の職員か何かか。

「助けてもらわなくて大丈夫。私はもう生きたくないの。何をやってもうまくいかないし生きてたって仕方ない、無責任に助けるなんて言わないで」

「違うよ」

気がつくとキリカという男はすぐ近くに近づいて来ていた。長いまつ毛に縁取られた美しい紫の瞳が、こちらをじっと見つめている。

そして彼は言った。

「俺と君なら君を殺せる。俺と組まないか」

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