死体なんかより性質が悪い
「そろそろ起きてくださいよ……」
言って、俺はあくび混じりに先輩を揺すった。
日はとっぷりと暮れ、雲ひとつない夜空には新月が黒々と顔を覗かせている。
眠る前の記憶がない。今は一体何時だろう。先輩の頭が乗った俺の膝は疾うに痺れきっている。
控えめに伸びをした後、一向に目を覚まさない先輩に小さくため息を吐いた。
背後の幹に体重を預け直した。温い風が吹いて雨のように頭上から桜が降ってくる。見れば俺の肩や先輩の長い黒髪に花びらが薄く積もっていた。苦笑して撫ぜるように払い落とす。
前髪をそっと掻き分け額に触れた。低めの体温が寝起きの指に心地よい。
目を閉じた先輩の横顔が綺麗で綺麗で、どこか儚くすら見えてふと背筋が寒くなった。
桜の樹の下には死体が埋まっている。それもとびきり美しい死体が。桜はその養分を吸い、満開に咲いて生者を惑わすのだ。
ふと先輩の右手に目をやった。
指先に土がこびり付いている。血の気が引くのを感じた。眠る前の記憶がどうやっても思い出せない。
埋まっていたのか、この下に。
俺が掘り起こした?
──あるいは、俺が埋めようとしたのか。
「ん……」
先輩が小さく身じろぎした。
思わず息を詰めた自身に気づき、自嘲してゆっくりと吐き出す。
またやってしまった。
この人のことになると思考がおかしな方向に飛んでいく。悪い癖だ。自覚しているつもりだし、普段はちゃんと抑えているのに。
衝動的に身をかがめた。先輩の右耳に柔く噛みつき口付けて、迷った末低く呟く。
「だいすき」
返事はない。当然だ。寝息の一つすら乱れていない。
ああ、本当に、あんたって人は。
「ばーか」
小さく微笑む。見上げれば、桜は夜闇にぼんやりと浮かび上がっている。月明かりさえないというのに。
「亡霊みたいだ」
独りごちて、俺は静かに目を閉じた。