第8話 毒入りのお茶会
「初めまして、春鈴様。永蘭と申します」
「朱蓮です。以後、お見知りおきを」
春鈴が案内された部屋に向かうと、そこには椅子に深く腰掛けている永蘭と朱蓮の姿があった。
高そうな生地を使っている着物は、春鈴が着ている着物の数倍はするんじゃないかというほど綺麗なもので、高貴な生まれそうな顔立ちとよく合っていた。
やっぱり、九嬪ってこういう感じの人たちだよね。
自分が着ている着物も後宮入りが決まってから、お父さんが無理をして買った悪くないものだが、それでも良い所のお嬢さんには負けてしまう。
私は今さら自分が場違いにいるのだなと思いながら、近くにあった椅子に腰を下ろした。
そして、春鈴は机に置かれていたお茶やお菓子に目を向けて、それらが夢で見た物であることを確認して、小さく頷いていた。
うん、特に異変はないようだ。
夢の中と配置や物が違っていたら最悪逃げ出そうと思っていたが、どうやら夢の中と同じらしい。
そんなことを考えて少しだけ長く机の上を見つめていたせいか、それに気づいた永蘭と朱蓮は顔を合わせて春鈴を小ばかにするような笑みを浮かべていた。
「もしかして、春鈴は鴛鴦酥を初めてお食べになるのかしら?」
「さすがにそんなことは、ないですよね?」
くすくすと笑うようにしながら春鈴に向けられた目は、春鈴を馬鹿にするものだった。
鴛鴦酥という食べ物は、パイ生地の中に餡が入っているような茶菓子だ。
春鈴も商家の娘。裕福な家庭という訳ではないが、稀に貰いものをすることもあって、鴛鴦酥を口にしたことだってある。
「そうですね。これほど高価そうな鴛鴦酥は初めてかもしれません」
それでも、後宮で扱われているような高い茶菓子を食べたことがない春鈴は、素直にそんな言葉を返していた。
基本的に食べ物も着物も後宮で扱うものは一級品が多い。それも、お茶会をやるとなればそれなりの物を用意しなければならない。
そうでなくては、これから嘲笑う相手に逆に嘲笑われてしまう。
例え食べなくても、安物を使うようなことはプライドが許さないのだろう。
そんなことを考える春鈴の顔を見て、永蘭と朱蓮は勝ち誇ったような愉快な笑みを浮かべていた。
「まぁ、高級品だなんて大袈裟ですわ。ただの鴛鴦酥ですのに」
「人によって高級品かどうかは違うのかもしれませんね。ねぇ、春鈴様」
二人の機嫌が良くなったのを確認して、急須を手にした侍女が机の前にやって来た。そして、用意してあった湯呑に湯気の出ているお茶を注いでいった。
「こちらのお茶も高級品かもしれませんね、春鈴様にとっては」
「それでは、いただきましょうか。春鈴様」
二人は侍女がお茶を入れ終わった後、香りを少し楽しんでからお茶を口に運んだ。
これ見よがしにお茶を飲む姿は、春鈴にそこに毒が入っていないことを証明するかのようだった。
「春鈴様もお飲みになって」
「いえ、私は遠慮しておきます」
春鈴は短くそう言うと、湯呑の下に置かれていた茶托の部分を持ってそれをテーブルの奥に移動させた。
「これ、毒が入っているので」
春鈴が当たり前のようにさらりと言うと、先程まで愉快そうな笑みを浮かべていた二人の表情がぴしりと固まった。